大量の不在着信

 思えば、桐生君と最初に会った時もそうだったっけ。家にも学校にも居場所がないって思って、ふてくされていた私に声をかけてくれて。以来ずっと、元気をもらっている。

 桐生君がいたから、最近は日々の生活を楽しいって思えるようになってきたんだ。だから、きっと今回だって。


「ありがとね。お母さんのことは確かにショックだったけど、ヤケ起こさないで頑張ってみる」


 ぎこちないけど、精一杯の笑顔を作る。本当はまだ気持ちは揺れているけど、少しだけ楽になれたとは思う。

 桐生君はようやく私の横に腰かけてきて、慰めるようにポンポンと頭を撫でてきた。


「そうしろ。けど簡単に割りきれるもんでもねえんだから、悩むことがあったらたらちゃんと相談しろよ。お前の泣いてるところなんて、もう見たくないんだよ」


 言われて慌てて涙を拭う。もう引っ込みかけていたけど泣き顔を見られてしまったことに今更気づいて、つい恥ずかしくなった。


「使えよ」


 そっとハンカチを差し出され、私は返事をするのも忘れてそれを受けとる。


「泣いてるところを見たくないって言ったけど、半分嘘な。今日みたいに本当に泣きたいことがあったら話くらいは聞いてやるから、遠慮せずに俺のところに来いよ。俺じゃ頼りないかも知れねーけどさ」

「ううん、そんなことないよ。凄く……凄く頼りになるもの」


 涙を拭いて、置いてある桐生君の手にそっと自分の手を重ねる。桐生君は少し反応したけど、何も言わずにそれを受け入れてくれた。

 桐生君、さっき言ってたよね。力になってくれる人はきっといるって、私にとってその人というのは桐生君の事なのだろう。一緒にいるだけで、こんなにも温かな気持ちになれる。そう、きっと私は……


「桐生君……」


 そっと顔を近づけると、向こうもそれに答えるように肩に手を伸ばしてきて私を抱き寄せる。息がかかるくらいの距離まで近づくと、お互い何も言わずに目を閉じた。

 だけど、急接近は依然とさて止まらない。ついに吐息が、唇にかかるくらいまで近づいて……


 トゥルルルル!トゥルルルル!


 瞬間、部屋に備え付けてあった電話が鳴りだした。

 あまりのタイミングに驚き、とたんに我に返って距離をおく私達。

 い、今いったい、何しようとしてたっけ?危うく雰囲気に流されて、やらかしてしまうところだった。


「えーと……どうやらもうすぐ、利用時間が終わるみたいだな」


 ほんのり顔を赤く染めながら、電話をとる桐生君。どうやら気まずいのは向こうも同じみたい。


 それにしても、いつの間にそんな時間が経ったのだろう?

 来た時のことはあまりよく覚えていなくて、コースの設定は全て桐生君に任せていたけど、もうおしまいなんだ。まるでコールドスリープをしていた時並みに、時間の経ち方が早く感じられた気がする。


 いったい今何時なんだろう?

 さっきまでの甘い空気を振り払うようにブンブンと頭をふると、時計を見るためスマホを取り出した。そして、思わず声をあげる。


「……げ!」


 桐生君が「どうした?」とこっちを見たけど、あまり答えたくない。スマホの画面には不在履歴が大量に残っていたのである。どうやら電車に乗った際に、マナーモードにしてそれっきりだったから、今まで気づかなかったようだ。

 しかし、気になるのは電話の相手。ずらっと履歴に表示された名前はお父さん、それに幸恵さんだった。


「何かあったのか?って、これって……」


 スマホを覗き込んだ桐生君も言葉を失った。

 うちのお父さんは、別に多干渉というわけじゃない。夜の街を徘徊していた時ならともかく、日曜の昼間にちょっと出掛けたくらいでは何回も電話してこない人だ。

 にもかかわらずこんなに何件も履歴が残っているということは、何かあったということになる。


「まさあ、お母さんに会いに行ったのがバレたんじゃ?」

「何でだよ?行くこと、誰かに言ったりはしたのか?」

「全然。桐生君しか知らないはずだよ。桐生君こそ誰かに……いや、それは無いか」


 例え桐生君が今日の事を誰かに話していたとしても、そこからお父さんに伝わったとは考え難い。

 となると、これはどういうことだろう?もしかしたらお母さんの事とは関係の無い何かがあったのかもしれないけど、それこそ検討がつかないや。


「どうする?今電話かけてみるか?」

「う~ん、止めとく。どうせこれから帰るんだから、話ならそれから聞けばいいよ。それに、私も聞きたいことがあるし」


 どうしてお母さんの事を黙っていたのか、聞かずにはいられない。ちゃんと知っていればこうして会いに行くなんてこともなかっただろうに。


「とにかくここを出よう。延長はしなかったから、もう時間だ。あとは龍宮の家に行ってから、親父さんともゆっくり話してみるか」

「うん……って、桐生君も家に来るつもり?」


 いったいいつの間にそんな話になったんだ?だけど当の本人はキョトンとした顔で言う。


「当たり前だろ。経緯はどうあれ、俺が余計なことしてお袋さんを探して、龍宮を連れ回したんだから。中途半端なところでサヨナラするなんてできるかよ」


 それはなんとも立派な考えだこと。だけど、そこまで責任を感じなくてもいいのに。しかしこの様子だと、おそらく私が何か言ったところで意見を変えたりはしないだろう。


「どうしても来るの?」

「そのつもりだけど、迷惑か?」

「そういう訳じゃないんだけどね。それじゃあお父さんには私から説明するから、桐生君はフォローをお願いできる?あ、でももし、やっぱり止めたいって思ったら無理せず帰ってもいいから」

「帰らねーよ。さっさと行くぞ」


 そう言って部屋のドアを開け、私も後へと続く。やはり意思は固いようだ。が……


「……なあ、龍宮の親父さんって、男連れてきたらいきなり殴りかかってくるタイプだったりするのか?」


 こんなことを聞いてくるあたり、どうやら少し不安はあるみたい。だけど生憎、「わからない」としか答えられなかった。だってお父さんに男の子を紹介したことなんてないし。小学生の時に男の子の友達を連れてきた事はあったけど、流石にそれはノーカウントだろう。


 だけどまあ大丈夫だと思う。確かにお父さんは強面で、初対面の人には恐怖を与えてしまうような人だけど、中身は常識人の範疇にいるはず。さすがにいきなり殴るなんてことはないだろう。

 ……多分、だけどね。

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