再会。だけど……
築何十年か分からない、古めのアパート。話によると、お母さんが住んでいるのは201号室だそうだ。
部屋の前までやって来た私達だったけど、扉一枚を挟んだ先にお母さんがいるとなると、やはり緊張する。だけど、いつまでもここでモタモタしているわけにもいかない。ついて来てもらってる桐生君にも悪いし。
私はインターホンに手を伸ばしたまま、チラッと横目で桐生君の様子を伺う。
「お、押すね」
「ああ。さっさとやっちまえ」
大きく息を吸い込んで、インターホンを押す。はたして本当にいるだろうか?そう思っていると、聞き覚えのある声がスピーカーから聞こえてきた。
『はい、佐川です』
―――お母さんの声だ!
『佐川』と言うのは、お母さんの旧姓。離婚して元の苗字に戻ったのだ。最後に会ってから十五年も経っているけど、間違いない。何年も私を支えてくれた人の優しい声を、聞き違えるはず無いもの。
『―——すみません、どちら様でしょうか?』
いけない、つい昔を懐かしんでぼーっとしちゃってた。桐生君が「龍宮」とせかしてきて、ハッと我に返る。そうだ、呆けてる場合や無いんだ。
「と、突然うかがって、すみません」
親子だと言うのに、つい敬語になってしまう。だけどそんな事を気にする余裕なんて無い。ドキドキする胸を押さえながら、私は言い放つ。
「私、棘!龍宮棘です!中にいるの、お母さん⁉」
『…………えっ?』
一瞬驚いたような声が聞こえたものの、すぐにスピーカーから声は聞こえなくなって、沈黙が訪れる。
どうして何も言ってくれないの?不安に思っていると返事の代わりに、部屋のドアがガチャリと開いた。
「棘……なの?」
「お母さん!」
思わず声を上げる。ドアから顔をのぞかせたその人は、少し痩せてシワもできていたけど、昔の面影を残していた。思わず目頭が熱くなる。ああ、本当に私のお母さんだ。
お母さんにとっては十五年ぶりの、私の体感時間では一年ぶりとなる再会。言いようの無い気持ちが溢れてきて、胸の奥がいっぱいになる。
「お母さん、私だよ。分かる?」
「棘、よね?」
「そうだよ。コールドスリープで眠っていた。私、去年に目を覚ましたの。病気も治って、リハビリもして、今では学校にも通えるようになったんだよ。本当はずっと会いたかったんだけど、お母さんがどこにいるか分からなくて、それでっ……」
「おい龍宮。ちょっと落ち着け」
頭の中がいっぱいになって、考えなしに思った端から喋っていたところを桐生君に抑えられる。いけない、つい興奮しすぎてしまっていた。
けど、本当に感激なのだ。目が醒めて以来、ずっと会いたいって思っていた人が目の前にいるんだもの。話したい事なんて数えきれないほどあるし、ありがとうって感謝の言葉も伝えたい。
何を喋ればいいか考えてなかったわけじゃないけど、実際会ったら全部頭から飛んでしまった。興奮する気持ちを抑えながら、反応を窺う。
お母さんは信じられないと言った様子で私を見ていたけど、やがてハッと我に返る。
「棘、どうして私がここにいるって分かったの?」
「それは、桐生君に調べてもらって……あ、桐生君って言うのはこの子。私がコールドスリープしてて、色々困ってる事を話したら、力になってくれた、友達なの!」
「……どうも」
照れたように会釈をする桐生君。友達って紹介して、良かったよね?ここで友達とは思ってないなんて言われてしまったらショックだよ。って、今はそんな事を考えてる場合じゃないか。
「そう、アナタが調べたの……」
静かに桐生君に視線を送るお母さん。だけど次の瞬間、突然その表情が険しいものになった。
「……余計なことをしてくれて」
「…………えっ?」
聞き違いだろうか?一瞬おかしな声が聞こえたような?
その言葉の意味を考える間も無く、お母さんは私に視線を戻してくる。しかしその目は、何だかとても冷たくて。思わず萎縮してしまう。
「棘。アナタお父さんから話を聞いてないの?」
「話?お父さんからは、お母さんと離婚したとしか聞いてなくて……」
幸恵さんがいるからだろうか?お父さんはお母さんの話を、ほとんどしてくれなかった。離婚に至るまでの経緯も、今どこで何をしているのかも。
「今日ここに来ることは言ってあるの?」
「う、ううん。私がお母さんを探してたことも、お父さんは知らないよ」
「なるほど。詳しいことは、アナタに何も話さなかったって訳ね。あの人らしいわ。まったく、そのせいでこんな面倒なことになって」
「面……倒……?」
何を言っているの?
訳がわからずに、信じられない気持ちで一杯になる。そりゃあちょっとは不安もあったけど、お母さんもきっと私に会いたがってるはずだって、心のどこかで信じていた。だけどこれは……
「悪いけど、もう帰ってくれない?私は忙しいの」
「そんな、どうして……」
私を見るお母さんの目はとても冷たくて。頭の中で警鐘が鳴る。これ以上深入りしちゃいけないって。だけど同時に、きっとこれは何かの間違いだと、お母さんを信じたいと思う気持ちもまだ残っている。
こんな冷たい態度をとるのには、きっと何か理由があるはず。だけどそれを確かめるのも怖くて、喋ることすらできない。
「龍宮、もう行こうぜ」
真っ青になってる私の腕を、桐生君が引く。その表情はとても険しくて。だけど私は動かない。いや、動けないと言った方がいいかも。
だけどいつまでたっても去ろうとしない私に痺れを切らしたのか、お母さんは深いため息をついた。
「あの人は本当に何も話していないみたいね。そうね、知らない方がアナタのためだって、私だって思うもの。だけどアナタはそんな人の気も知らないでここまで来たのね。なら仕方ないわね、教えてあげるわ」
「何……を……」
「おいよせ!龍宮、行くぞ!」
桐生君が更に強く手を引く。だけど私が反応するよりも早く、お母さんは語り出した。
「いいこと棘?私はね、ずっとアナタのことを疎ましいって思ってたの。手間のかかる世話をするのには、もう疲れたのよ。だから私から、離婚を切り出したわ。もうアナタに振り回されるのなんて御免だから」
「えっ……?」
瞬間、胸の奥にあった何かが壊れた気がした。
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