何と言って紹介しよう?

 カフェを出たあと、二人して列車に乗って、現在お母さんの住んでいるとi

う町までやって来た。私達が住んでいる町より少し田舎だけの、のどかな町。本当にここに、お母さんがいるのだろうか。

 時計を見ると、もうすぐ午後の一時になろうとしていた。当初の予定だと十二時過ぎには駅についているはずだったのに、ずいぶんと押している。


「思ったより大分時間がかかってるな。急ぐか」

「ごめんね。検査は予定通りだったんだけど、先生と話してたら遅くなっちゃった」


 その後桐生君が逆ナンされていて一悶着あったから更に遅れたのだけど、その事には触れないでおこう。語り出したら、また長くなってしまう。


「ああ、石塚先生か。あの人話長いからなあ」

「あれ、桐生君って石塚先生のこと知ってるの?」

「ああ、ちょっとな。それよりもお袋さんだ。住所、ちゃんとわかるよな?」

「うん。地図も持ってきたから大丈夫。まずは西口から外に出て……」


 そう言って歩き出したけど、途端に襟首を引っ張られた。


「わっ⁉何するのよ?」

「それはこっちの台詞だ。行くのは西口なんだろ?そっちは東口、逆方向だ」

「あれ、そうだっけ?」


 案内板が複雑すぎてわからなかったよ。だけどよくよく見ると、確かに反対方向に向かおうとしてたみたい。


「ついてきて良かった。龍宮一人で来させてたら、夜になってもつかなかったかも知れねえ」

「そ、そんなことないよ。夕方くらいにはきっと……」

「何時間さ迷う気だ?地図を貸してみろ、俺が先導する」


 方向音痴をバカにされるのは嫌だったけど、事実このままじゃどれだけかかるかわからない。しぶしぶ地図を渡す。


「そんな顔するなって。お前だって、疲れた状態で会いたくないだろ。今は会って、何を話したいかだけ考えてろ」

「……うん」


 桐生君にそう言われて、また緊張してきた。お母さんと会ったら、最初に何て言えばいいんだろう?

 会いたかった?それとも、お陰さまで完治しました?う~ん、わからないや。


 そもそもアポ無しで来ちゃったけど、本当に良かったのかなあ?ちゃんと家にいるといいけど、もしかして出掛けてて、行き違いになったりしないだろうか?それと今更だけど、私の格好ってこれで良かったかなあ?お父さんに怪しまれないよう、いつも病院に行く時とかわりないコーデで来たけど、もう少し気を使った方が良かったかも?


「どうした、急に黙って?」

「ちょっとね。もう少しちゃんとした格好をしてきた方が良かったかもって思って」

「今のままで十分だろ。彼氏とデートに行くわけでもないんだし、親に会うだけなのに、そんなかしこまる必要があるか?」

「それはそうなんだけどね」


 そう答えながら、ふと気がつく。彼氏とデートにって言ってたけど、桐生君と二人のこの状況、端から見ればそんな風に見られるのではないだろうか?

 今更ながらその事に気づいて、つい恥ずかしくなる。そりゃ本当はデートじゃないんだけど、桐生君的にはどうなのだろう?こんなお洒落も化粧気も無いような女の子を、隣に連れて歩くって?


「ねえ、桐生君は嫌じゃないの?地味な子と一緒に出掛けるって?」

「はあ?今は俺のことはどうでも……ああ」


 事情を知らない人が見れば、二人でいるこの状況をどう思うか。桐生君もようやくそれに気づいたようだ。だけど特に気にする様子もなく言い放つ。


「別にどうでもいいよ。地味とかどうとか、思いたい奴は勝手に思ってろ。それにさっきも言っただろ、今は余計なことは考えるなって」

「そうだったね、ごめん」


 お母さんに会った時の事だけを考えなきゃいけないのに、つい関係無いことが頭をよぎってしまう。

 これでは呆れられてはいないだろうか?だけどそんな心配をしていると、珍しくぎこちない口調で、桐生君が言ってくる。


「あのさ龍宮。今日のことが上手くいったら、また出掛けないか?今度は気軽に、どこか遊びに行くとか」

「遊びにって、この前連れて行ってくれたみたいに?」

「そんなとこ。勿論二人で。龍宮がよければだけど」

「別に私は構わ……」


 構わない。そう言いかけてはたと気づく。それってつまり、デートに誘ってるってこと?

 いやいや、そんなこと無いか。私が図々しい勘違いをしているだけだよね?


「桐生君、変な言い方しない方がいいよ。一瞬デートにでも誘ってるように聞こえたじゃない!」


 照れを払拭させるため、わざと大きな声で抗議する。しかしそれを聞いた桐生君は困ったような顔で。


「聞こえたと言うか、そのつもりで言ったんだけど?」

「えっ……ええっ⁉」

「そんなに驚くことかよ?」

「だ、だってこんな風に誘われたことなんて初めてだし。だいたい誘う理由もまるでわからないし」

「お前なあ……」


 桐生君は呆れたように頭をかきながら、ため息をつく。そんな顔されても、本当に訳が分からないんだからしょうがないじゃない。


「まあいいや。後でいいから考えといてくれ。悪い、それよりも今は、お袋さんのことだよな」

「う、うん。でも何だか考えていたこと全部吹っ飛んだような気がするんだけど」

「そんな重く受け止めるな。気楽にしとけ」


 だったらこんなこと、お母さんに会う前に言わないでほしかった。大方桐生君は気持ちをほぐすために関係の無い話をしてきたのだろうけど、これでは全くの逆効果じゃない。

 それに今気づいたけど、お母さんに会ったら桐生君を何と言って紹介したら良いのだろう?

 付き添いに来た友達?それが無難な答えなんだろうけど。

 こんなことなら、事前にもっとよく考えておくんだった。勿論一人じゃ心細いから、来てもらったこと事態には感謝してるけど。


「やっぱり友達が無難だよね。でもわざわざここまでついてきてもらったなんて言ったら、変に思われないかな?誤解させたくはないし……」

「何だよ、まだ何か悩んでるのか?」

「しょうがないでしょ、こっちにも色々あるの。ああ、せめて桐生君が女の子だったらよかったのに」

「おい、少しは声のボリューム落とせ。そしていったい、何をどう悩んだら俺が女だったらなんて話になるんだ?」


 私の悩みなどわかるはずもない桐生君は、ハテナを浮かべてる。まあ悩んだところで、なるようにしかならないんだけどね。

 よし、お母さんにはちゃんと、ありのままを話そう。桐生君のおかげで、ここまで来ることが出来た。私が苦しんでいる時に手を差し伸べてくれるような、親切な友達なんだよって。それに決まり!


 一歩一歩歩く度に、心臓の音が大きくなっていくのが分かる。やがて、水色の屋根のアパートが見えてきた。聞いた住所によると、お母さんは今あそこに住んでいるはず。

 高鳴る胸の鼓動を押さえながら、私達はアパートの敷地内へと入って行った。

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