受け入れられるはずがない
腹ごしらえをした私達はその後、ゲームセンターに行ったりウインドウショッピングをしたりして遊んでいった。
残念ながら桐生君が言った通り、ウロウロしすぎた私がはぐれてしまうと言うトラブルはあったけど。
「思った通りだったな。何となくそんな気がしたんだよ」
「仕方ないでしょ。長い間眠っていたせいで、ボーッとなることがあるんだから」
「……つくならもっとマシな嘘つけよ。はぐれたのは絶対素だろ」
何故バレた?
とまあ、そんなトラブルがありながらも、時間はあっという間に過ぎていく。
そうして日が傾いてきた頃、商店街にあるお店を出たところで、桐生君が今度はカラオケにも行こうかと提案してくれた。けど……
「ゴメン。今はカラオケは、ちょっとね」
そう返事をして断った。私と桐生君とでは、知ってる歌と知らない歌の差が大きそうだったから。
「そんなの気にしなくて良いだろ。知らない歌でも、つまらないことなんてないんだし。龍宮が歌うところ、見てみたいんだけどな」
「いや、やっぱりダメ。実はね、カラオケってあんまり行ったことないの。例の病気、歌うと体に負担がかかるから、病院の先生に止められてたんだ」
「そうだったのか?悪い。治療って、なにかと制限が多いもんな」
バツの悪そうな桐生君。でも、知らなかったんだからしょうがない。そんなに気にしなくても大丈夫なのに。
「昔はダメって言われてたけど、もう平気だから。病気が治った今なら、問題なく歌えるって言われたもの。けどやっぱり慣れてないから、今日は止めとくね」
「俺は音痴だって構わないけどなあ」
「私が構うの。一人カラオケで練習して、上手に歌えるようになるから。その時はまた誘ってよ」
何の気なしにそう言うと、桐生君はフウッと柔らかな表情を作る。
「良いのか、また誘っても。今日みたいに、学校をサボって連れ出すかもしれないぞ」
「あ、ああ……そうだったね……」
すっかり忘れていたけど、そう言えば学校を抜け出して来たんだった。
今日のはもう終わったことだから仕方がないけど、これからもサボるとなると、やっぱり抵抗があるなあ。
「ほ、放課後か、休みの日なら」
「盛大にサボったって言うのに、まだそこには拘るんだな。龍宮の本質は、きっと真面目なんだろうな」
「悪かったわね。どうせ堅物ですよ」
「別に悪く言ったんじゃねーよ。けどたまには、思いっきりハメを外してみるのもいいんじゃねーか?我慢して良い子ぶるのも、中途半端に反抗するのも疲れるだろ」
「まあ、そうかも……」
桐生君のお陰で、間違いなく今日は楽しかった。何だか久しぶりに、嫌なことを忘れて遊べた気がする。
「で、これからどうする?カラオケにも行かないなら、そろそろ解散にするか?また昨日みたいに遅くなって、変なやつらに絡まれても困るしよ」
「う、うん。そうだね」
そう返事はしたものの、あんまり帰ろうという気にはなれなかった。だってあの家には、もう私の居場所なんて無いんだもの。すると態度がおかしいことに気づいた桐生君が、怪訝な顔をしてくる。
「何だ?もしかして、このまま帰さないでほしいとか言うつもりなのか?」
「違うよ。でも、帰りたくはないかも。あの家でごはんなんて、食べたくないし」
「家族と、上手くいってないのか?」
「……そんなとこ」
詳しいことを喋るつもりはない。だけどちょっとだけ、もしかしたら桐生君になら、全部話しても良いかもって思える。
出会ってから長い訳でもないし、お互いのことをよく知ってもないのに。もし恥も外聞も無く、抱えているものを全部打ち明けたら、桐生君は受け止めてくれるのかな?そんな根拠の無い想いが、胸の中に溢れていく。
昨日は話せなかったことだけど、今日は昨日より彼を知ることができた。話すだけでも、楽になるって言ってくれたよね。もう一度、甘えてもいいかな?
「あのね桐生君、実は私ね……」
気がつけば、口が勝手に喋り始めていた。桐生君は黙ったまま、私の話に耳を傾けている。
このまま話を聞いてもらおうと、そう思っていたのに……
「棘ちゃん?」
不意に名前を呼ばれた。私は振り返り、そして落胆した。何で、何でこんな所にいるのよ?
見せたくない所を見られた羞恥と、元々抱いていた嫌悪が渦を巻いて、私はその人に鋭い目を向ける。
「幸恵さん……」
夕方の買い物にでも来ていたのだろうか?そこには幸恵さんと、彼女に手を引かれている駿くんの姿があった。
最悪だ。せっかく楽しい気持ちでいたというのに、よりによって一番会いたくない人と会ってしまった。だけど私を不機嫌にさせた等の本人は、その事に気づいていないのだろうか。作ったような笑顔をこちらに向けてくる。
「奇遇ね、こんな所で会うだなんて。その子はお友達?」
幸恵さんは桐生君に目をやり、桐生君は挨拶をしようとしたけれど、私はそれを遮るように間に割って入った。
「幸恵さんには関係無いでしょ」
「ええと、でも棘ちゃんの友達なら、ちゃんと挨拶しておかなくちゃ。ほら、駿もご挨拶は?」
幸恵さんが促すと、後ろに隠れていた駿くんが出てくる。どうやら初めて会う桐生君に人見知りしていたようだけど、言われた通りペコリと頭を下げてきた。
「龍宮駿、六歳です」
普通なら可愛く見えるであろうこの挨拶にも、別段何も感じない。それよりも、早くどこかへ行ってほしいと思いイライラする。
「桐生輝明です。龍宮とはクラスは違うけど、友達……かな?」
間に私が入っているというのに、律儀に挨拶を返す桐生君。するとそれに気をよくしたのか、幸恵さんは表情を明るくさせた。
「桐生君ね。私、今から帰って夕飯を作るんだけど、よかったら桐生君も食べていかない……」
「止めて!」
気がつけば、自分でも驚くくらいの大きな声をあげていた。
行き交う人達が何事かとこっちを見て、駿くんがビクッと身を震わせたけど、そんなことは気にしない。それよりも、人の気も知らないで無神経に振る舞う幸恵さんへの憤りの方が強かった。
「帰るんなら駿くんと二人で帰ってください!あと、私の分の夕飯はいりませんから!」
「えっ?棘ちゃん」
幸恵さんは何か言おうとしたけど、私はそれを聞こうともしなくて、桐生君の腕を引く。
「行こう!」
「えっ?おい待てよ」
慌てる桐生君を無視して、幸恵さんに背を向けて早足であるいていく。
失礼な態度をとっている自覚はある。だけど私は、お母さんを追い出してその位置にいる幸恵さんの事が、どうしても好きになれないのだ。
そうしてしばらく歩いたところで、後ろをついてきていた桐生君がようやく口を開く。
「待てって。よかったのか?あの人、お前のお袋さんなんだろ?」
心配そうな目をする桐生君。だけど私は、静かに首を横に振る。
「違うよ。あの人はお父さんの奥さんってだけで、私のお母さんじゃないから」
「ああ、そういう事情か……」
どうやら察してくれたらしい。だけど、すぐにまた質問してくる。
「もしかして再婚したのって、コールドスリープしていた最中だったりするのか?」
「うん。眠る前は、本当のお母さんもちゃんといた。けどなによ、起きたら離婚してて再婚してて、弟もいますって。いきなりそんなこと言われても、受け入れられるわけ無いじゃない」
「まあ、な。分かるよ。親の都合に振り回されるなんて、たまったもんじゃねーからな」
その物言いに、少しだけイラッとした。
軽々しく分かるなんて言わないでよ。そう思った気持ちが顔に出てしまったのか、桐生君は困ったような表情を浮かべる。そして、ため息をついたあとこう言ってきた。
「適当にあわせてる訳じゃねーって。俺も、ちょっと訳有りだからな」
「どういうこと?」
「それは……愛人の子なんだよ、俺は。親父が昔悪さして、よそで作ったのが俺だ。親父に引き取られたはいいけど、お陰で肩身が狭いんだ」
「えっ?」
なにそれ?まるでドラマみたいな設定。だけどどこか寂しそうに遠い目をする桐生君は、嘘をついているようには見えない。
そうして驚いている私に、彼は寂しげな笑顔を向けてくる。
「少し身の上話でもするか?愚痴の言い合いになるかもしれねーけど」
「……うん」
素直に頷く。桐生君がどんな気持ちでこんなことを言い出したのか。まるで自分だけが不幸であるかのように振る舞っていた事が恥ずかしい。
桐生君が何かを抱えているなら、ちゃんとそれを知りたかった。
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