たい焼き研究所

 桐生君に連れられてやってきたのは、学校近くにある商店街のすみに位置する建物。何か食べさせてやるって言ってたけど、看板には大きく『たいやき研究所』と書かれていた。


「何これ?たいやきの研究なんてやってるの?」

「言っておくけど、ただの店舗名だから。ハンバーガーのマクドとか、ドーナツ屋のミスドと同じように、ただのたいやき屋の名前だよ。決して日夜、たいやきが何たるかを研究してる怪しい施設じゃないから安心しろ」


 別に心配はしてないけど、連れてこられたのがたいやき屋というのはちょっと意外だった。


「甘い物は嫌いじゃないよな?中には卵が入ってるヤツとか色々あるから、大丈夫か?とにかく行くぞ」


 言われるがまま店内に入る。桐生君がレジに行き何品か注文して、私は席について待っていた。買い食いをするのって、随分と久しぶりだなあ。

 ほどなくしてやって来た桐生君の用意したそのたいやきを見て、私は驚いた。


「なにこれ、白いんだけど?」

「そりゃあ白たいやきだからな。生地にタピオカが練り込んであって、モチモチしてて美味いぞ」


 さも当たり前のように紹介された白たいやきなる物。どうやら私が眠っている間に、変わった物ができたようだ。見慣れないビジュアルにちょっと躊躇しながら一口かじると、口の中いっぱいに甘い味と、モチモチした食間が広がった。


「あ、美味しい」

「だろ。色々種類買ったし、普通のたいやきもあるから、食べ比べてみるか」

「うん」


 チョコやカスタードクリームのたいやきなら食べたことがあったけど、中にはお菓子というよりオカズに使われそうな具材の入ったたいやきまである。中でも、熊本名物いきなり団子が入ったたいやきには驚かされた。

 夢中になってそれらを食べていると、不意に桐生君がこっちを見て笑う。


「慌てて食べすぎ。頬に餡がくっついてるぞ」

「え、どこどこ?」

「ここだよ」


 桐生君は手を伸ばしてきて、頬についていた餡をとってくれた。と、そこまでは良かったのだけど。


「しょうがねーな」


 そう言って、とった餡を自らの口へと運んだのだ。って、ちょっと待てー。


「ちょっと、何食べてるの?」

「何だ、これも食べたかったのか?随分腹が減ってたんだな。それともよほど気に入ったか?」

「そうじゃなくて!」


 どこのカップルの仕草だこれは!

 羞恥で自分の顔が赤く染まっていくのがわかる。すると桐生君もようやく察したらしく、ケラケラと笑いだした。


「お前、こんなのいちいち気にするのか?ウブだなあ」

「い、いいでしょ。桐生君こそ、軽々しくこんなことしない方がいいよ。彼女に勘違いされても知らないよ」

「はあ?俺今彼女いねーけど」

「え、そうだったの?でも、それじゃあ渚ちゃんは?」

「渚?ああ……」


 桐生君は納得したように頷く。しかしかと思ったら、ジトッとした目をこっちに向けてきた。


「アイツは別に彼女なんかじゃねーって。家が近所だから、昔からの腐れ縁ってやつだよ」

「そうだったんだ。ごめん、てっきりそうなんだって勘違いしてた」

「するな。だいたいもしそうだったら俺は、自分の彼女を泣かされた直後に、泣かした張本人と飯食いに行ってるってことになるじゃねーか。いくら俺でも、それはしねーよ」

「ご、ごめん」


 確かに、よく考えてみたら失礼な話だ。だけど、彼女じゃなかったんだ。ちょっと安心した……

 あれ?私、何でホッとしてんだろ?

 自分の事なのに訳がわからず、つい首をかしげてしまう。まあいいや、それより渚ちゃんの話だ。


「今更だけど、ついカッとなって言い過ぎたかも。今度ちゃんと謝った方がいいかも」

「渚、背が低いこと気にしてるからな。最初に失礼な事を言い出したのは向こうだからあまり気にすることねーけど。ごめんな、アイツも普段は、あんなこと言うやつじゃ無いんだけどなあ」


 桐生君の言うことが本当だとしたら、きっとよほど私のことが癪に触ったのだろう。とはいえ、不用意なことを言ってしまったこっちにも責任はある。


「私も悪かったんだよ。でも、何かいいね。あんな風に、必死になって味方してくれる友達がいるって」

「まあな。アイツは、俺の事情も知ってるしな」

「事情って?」


 首をかしげたけど、桐生君はそれ以上何も話してはくれなかった。これはどうやら、おいそれと触れてはいけないことなのかも。


「この話はもういいだろ。腹もふくれたことだし、次いこうぜ」

「うん……」


 ちょっとモヤモヤがあったけど、余計なことを言って機嫌を損ねるわけにもいかない。

 食べた物の後片付けをして席を立とうとすると、桐生君がポケットから取り出した錠剤を口にしている事に気が付いた。


「それって、何かの薬?」

「ああ、アレルギー用の薬だよ。花粉症が酷いんだ」


 花粉症って言うと、息苦しかったり鼻水が出たりして大変だと言うアレかあ。私は花粉症じゃないけど闘病で苦しんだ身としては、辛い気持ちは分からないでもない。


「もう五月なのに、大変だね。マスク付けなくて大丈夫なの?」

「だいぶ楽になってきてるから大丈夫だよ。それより龍宮、スマホ持ってるか?もし途中ではぐれでもして連絡とれなかったら面倒だから、番号交換しないか?お前、何だかすぐはぐれそうな気がする」


 いちいち一言多い。だけど、知っておいた方がいいことは確かだ。ポケットからスマホを取り出すと、たどたどしく操作を行っていく。


「随分慣れてない手つきだな」

「仕方がないでしょ。ほとんど使ってないんだもの。だいたい、何でケータイがスマホなんて物に変わってるの?本家ケータイは、いつの間にかガラケーって呼ばれるようになってるしさ」


 復学と同時に買ってもらった物だけど、未だにフリック入力というやつが上手く出来なくて困っている。こんな使い難いスマホよりもケータイ電話……もといガラケーの方が良かったと、ここにいないお父さんを恨む。

 それでも何とか番号やアドレスを送り、桐生君のそれも受けとる。


「どうだ、ちゃんと届いたか?」

「バッチリ。ちょっと待ってね、今アドレス帳に登録するから」

「待っててやるから、焦らずやれよ」


 桐生……輝明……君、と。思えばこのスマホに、誰かの番号やアドレスを登録したのはこれが初めてだ。前に持っていたケータイ電話は、お父さんがちゃんととっててくれて、そこからアドレス帳のデータは移してあるけど、新規に登録したことは無かった。

 まさか最初に登録したのが、男子の番号だなんてね。


「まあいいか、桐生君なら」

「何が?」

「何でもない。さあ、行こう。楽しい所に連れて行ってくれるんでしょ?」


 誤魔化しながら、桐生君の背中を押す。

 スカートのポケットに、スマホを大事にしまいながら、私達はたいやき研究所を後にした。

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