VS渚ちゃん

 桐生君の発言を聞いた渚ちゃんの様子を見て、私は確信する。

 これは絶対に誤解している。しかも怒ってるって。

 すると渚ちゃんは、私を押し退けるように桐生君との間に割って入り、キッとこっちを睨み付ける。


「不純です!高校生が何をやっているんですか!」

「待ってよ。私別に、何もやってないから」

「そうそう。あんなのやったうちに入らないもんな」

「桐生君は黙ってて!」


 そりゃあ嘘は言ってないけどさ。言い方ってものがあるでしょ。

 いったどうしてそうこの子の神経を逆撫でするようなことばかり言うのか?それとももしかして、私に意地悪でもしたいの?


「さっきから聞いていたら、アナタいったい輝明の何なんですか!」


 何って言われても、昨日会ったばかりだし。ただの知り合いかな?


「渚ちゃん、だよね。ちょっと落ち着いて。まず、私の名前は龍宮棘。桐生君とはクラスは違うけど同級生……だよね?」

「それ確認することか?嘘は言ってねーよ。あとこいつは、近藤渚こんどうなぎさ。学年は俺達の一個下だ」


 一年生か。それで私に敬語を使ってたんだね。それで、桐生君はこの子とどういう関係なんだろう?

 疑問に思ったけど、それを聞く前に渚ちゃんがポツリと呟く


「龍宮……棘……あれ、どこかで聞いたような?」

「ああ、龍宮は有名だからな。聞いたことないか?二年にコールドスリープしてて復学したやつがいるって」


 私の事情を、いとも簡単に話されてしまった。すると渚ちゃんは、納得したように頷く。


「コールドスリープ?ああ、そう言えばそんな人がいるって、聞いたことがあります。で、そんなコールドスリーパーがどうして輝明を誘惑したんですか?」

「してないから!」

「でもさっき、輝明が意味深なこと言ってましたよね?言っときますけど輝明は、本当は真面目な奴なんですから、変な道に誘わないでください!」

「えっ、真面目?夕べはとてもそうは見えなかったけど」


 それは決して悪口を言ったつもりではなく、受けた印象をそのまま口にしただけだった。しかし、どうやら渚ちゃんの勘に触ったらしく、鋭い目を向けてきた。


「わかったようなことを言わないで下さい!人をパッと見の印象でした判断できないなんて、頭でっかちの年寄りですかアナタは!」

「年寄り⁉」


 ガツンと頭を殴られたような衝撃を受ける。年寄り、年寄かあ。ふふ、人の気も知らないで、言ってくれるねこの子は。


「おい渚、それはさすがに失礼だろ。悪い龍宮、こいつは何も、本気で言ったわけじゃ無いんだ」

「ふふふ、大丈夫だから。私、ぜーんぜん気にしてないもの」

「とてもそうは見えないぞ?」


 桐生君が心配する中、私はジッと渚ちゃんを見る。そして言ってやった。


「こんな小学生みたいな、ちっちゃい小娘に何か言われたからって、どうってこと無いもの!」

「ちっちゃい⁉」


 今度は渚ちゃんが叫んだ。そして胸を押さえながら、苦痛の表情を浮かべる。深くは考えずに言い返しただけだったけど、どうやら彼女は背が低いと言うのを相当気にしているとみえる。

 渚ちゃんはしばらく黙っていたけど、やがてさっきと同じように……いや、さっきよりももっと肩を震わせ、食って掛かってきた。


「だ、誰がちっちゃいですか誰が⁉」

「え、言っていいの?でもそれだと、渚ちゃんをとーっても傷つけることになっちゃうんじゃないかなあ?私、小さい子をイジメるのって嫌いなんだよねー」

「ひ、酷いです!人が気にしている事をづけ付けと言うだなんて、最低です!」

「先に言ってきたのはそっちじゃない?」

「わ、私は本当のことを言っただけです。現にアナタ、私達に比べたら年くってるじゃないですか!」

「はぁ⁉アンタが小さいのだって本当のことじゃない!」

「酷い!」


 お互い睨み合い、バチバチと火花を散らす。そっちがその気なら仕方が無い。徹底的に叩きのめしてやる。


「チビ、小人、ちんちくりん!」

「おばさん、年増!」

「豆粒、アリンコ、一寸法師!」

「アラサー、成人高校生!」

「小ぶり、短身、寸足らず!見た目は子供、背丈も子供、その名は近藤渚!」


 お互い思いつく限りの悪口を言い合う。ただの悪口と思うなかれ、コンプレックスを突っつき合うこの口喧嘩には、二人とも相当堪えているのだ。


「……醜い」


 桐生君が呆れた顔をしているけど、私も渚ちゃんもツッコむ余裕なんて無い。お互いにノーガードで殴り合っているようなものである。

 けど、このケンカは私の方が有利だ。なんせこっちは目覚めてからというもの、ショッキングな出来事には慣れっこなんだ。鍛えあげられた精神力と打たれ強さがあれば、ちょっとやそっとの事では心は折れない。

 そうして年齢と身長の悪口を言い合うこと十分間。やはり先に膝をついたのは渚ちゃんの方だった。


「うっ、ううっ……うわ――ん!」


 まるで本当の子供のように、目に涙をためている。ちょっと可哀想な気がしないでもないけど、先に喧嘩を売ってきたのは向こうだ。私は渚ちゃんを見下ろしながら、勝ち誇って宣言する。


「ごめんなさいね。でもこれで少し勉強になったんじゃないかな?大人の女を怒らせると怖いって」

「どこが大人の女だよ。小学生の悪口だったじゃねーか」


 よけいな茶々を入れないでよ桐生君。今勝利の余韻に浸っていたところなんだから。

 桐生君はやれやれとため息をついた後、崩れ落ちている渚ちゃんに近づいて、慰めるように言葉をかける。


「渚、元々お前が失礼な事を言ったのが原因なんだから、その辺はちゃんと反省しろよな。おまえに悪気が無かったのは分かってるけど、何気ない言葉が人を傷つける事もあるんだからな」

「うっ、ごめん……」


 さっきまでの態度とは打って変わって、急に素直に謝る渚ちゃん。口喧嘩に負けて傷心しているからと言うのもあるかもしれないけど、桐生君に言われたからという所が大きいように思える。

 何だかこうしてみると、兄妹のようにも見えてくる。高校生の兄と、中学生の妹って感じだけど、まあそれは言わなくても良いだろう。


「とにかくお前は、もう教室に戻れ。そろそろ午後の授業が始まるだろ」

「うん……輝明も、ちゃんと授業に出るんだよ」


 渚ちゃんは桐生君にそう言い、警戒するような目で私を見てから去っていく。何だか騒がしい子だったなあ。って、そんなこと言ってる場合じゃない。私も急がないと、授業が始まっちゃう。結局お昼ご飯は食べ損ねてしまったから、授業中にお腹が鳴らないかが心配だけど。

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