エピローグ
──そんなふうに、これからも季節は巡っていくのだろうけれど。
(和合の女神か……)
自分の部屋の窓から、うっすら見える星々に語り掛ける。
(あたし本当にいつか房中術って使えるようになるのかなぁ)
それは心に決めた人に捧げる術。
相手を心身ともに充実させ、その人の運気までも上昇させる九天玄女娘娘の究極の技。
でもそれが使えるようになった頃、まだ彼は傍にいてくれるだろうか。
(……自信ない)
物憂いため息をついた時、部屋のドアノブが小さく軋んだ。
(え?)
息を詰めてそちらを窺うと、ドアがそっと開いて中へ滑り込んできたのは……当の本人。
「こ……!」
「しっ! 静かに夕愛、やつらが起きる」
唇の前に指を立てて、大股に近づいて来る虎汰くんは人の姿のまま。
前はよく白虎になって夜中にベッドへ潜り込んできたけれど、今はそういう事もしないのに。
「どうしたの、何か……」
有無を言わさず抱きすくめられて、先の言葉が途切れる。
背中を引き寄せる腕、頬に押し付けられる唇。その全部が今までのあたしの不安をどこかへ押し流してしまう。
「もう……限界だ」
熱のこもった囁きが、彼の唇からあたしの耳に直接伝えられた。
「学校ではイトコのフリしなきゃダメ。家ではあいつらが見張ってて全っ然夕愛に近寄れない。もう限界……爆発する」
吐息交じりの言葉があたしの顔だけじゃなく身体中までも熱くする。胸の中が甘くて痛くて、ねじ切れてしまいそう。
「だ、だって……。それなら前みたいに白虎になって一緒に寝る?」
「嫌だ! 白虎になると夕愛、ペットを見る目になる。なんかヤダ」
そんな事言われても、白虎は可愛いから。でも最近全然変化してくれないのはそんな理由だったんだ。
「ありがと、虎汰くん」
「ん?」
こぼれた言葉に、彼は少しだけ腕を緩めてあたしの顔を覗き込んだ。
「虎汰くん、あたしなんかのどこがいいんだろうって思ってたとこだったの。元気出ちゃった」
「何言ってんだよ」
彼のあたしを抱く腕にキュッと力がこもる。
「ボクの方こそ、なんで己龍じゃなくてボク?って今でも不思議だよ。いつどんなキッカケで持って行かれるか……不安にもなる」
髪を撫でる手が、壊れ物を扱うように優しい。
どうしてさっきまであんなに寂しかったんだろう。こうして一緒にいれば欠けたものが一つになるように満ちていくのに。
「夕愛の感触をもうボクの身体は覚えてる。離れてると禁断症状みたいにそれが欲しくなって始末に負えない」
髪をあたしの耳にそっとかけて、困ったように微笑む。
「夕愛にもボクの感触を覚えさせなきゃ……」
彼の指が髪から頬を伝って顎にかかり、クイと上向かせた。そこには怖いくらい真っ直ぐなオリーブ色の瞳。
「この先もし誰かに迷っても。ボクのひとつひとつが夕愛をがんじがらめにできるくらい。失うのが怖くなるくらい、身体に覚え込ませる」
「ま、待って……」
「夕愛は必ずそう言うね。でも今までボクが待ったコトある?」
虎汰くんの唇が、小鳥のようにあたしの唇を小さくついばんで。それはすぐに狂おしげな熱いキスに変わった。
めまいがする。
口移しで交わす想いも吐息も、痺れるほどに甘くて立っていられない。
「虎汰、く……。ん……」
「夕愛が好きすぎ。とまんない」
支えられなくなった身体が抱き寄せられて、あたしたちはそのままコロンとベッドへ。
「虎汰くんも……なめると甘いょ」
彼がクスと小さく笑ってあたしのおでこを優しく撫でる。
「すっげぇ煽るじゃん……いいの?」
ぼんやりふわふわ。夢みたいな視界の中、もう一度彼の唇が降りてきた。
「夕愛……ほんとに、ヤバぃ」
胸に圧し掛かる心地よい重さに目を閉じた瞬間、フッとその重量が──消えた。
(ん……?)
「あ? ……あああぁっ!?」
パチッと目を開けるとあたしの上にチョコンと乗っているのは、白いフカフカの白虎。
「え、なんで変化しちゃったの?」
「わ……わからない。なんか勝手に!」
うろたえる虎汰くんを抱き上げた時、バン!とけたたましい音と共に部屋のドアが開け放たれた。
「きゃ……!」
そこに現れたのは、スウェット姿の己龍くんと煉さん、そしてパジャマの亀太郎くん。
「な……なななな、みんな!?」
あたしが白虎を抱いて起き上がると、鬼の形相の己龍くんがずんずんと部屋に入って来た。
「黙って聞いてりゃ、やりたい放題……このクサレちび虎が! あぁ!?」
「聞いてた!? え、なんでみんなコップ持ってるの!?」
「うーむ、がんじがらめに縛りたいとは。虎汰郎くん、それは学生のうちはノンノンだぞっ」
亀太郎くんが手にしたコップをフリフリして深いため息をつく。
(まさか、みんなしてドアにコップ付けて聞いてたのーー!?)
楽しい同居生活のお約束、その⑥
”お互いのプライバシーは尊重しましょう”はドコいった!?
「まあまあ、お二人さん落ち着いて。言ったでしょ? どうせ虎汰くんは変化しちゃってソコまで持ち込めないって」
ドアにもたれたまま、腕を組んだ煉さんがしたり顔で言った。
「ソコってなぁに? 煉さ……」
「ちょっと待て夕愛! 煉さんどういう事!? なんでボクの身体、勝手に変化するんだよ!」
クアッとあたしの腕の中からチビの虎汰くんが猛獣さながらに威嚇を放つ。もちろんそんなモノに煉さんが怯むはずもない。
「つまり、僕ら四神の宿主って娘娘を守護するのが前提なワケ。18歳に満たない女の子ってまだ未成熟だし」
「回りくどい! もっと手短に!」
「ちょ、虎汰くん落ち着いて」
逆立つ白虎の毛をヨシヨシと撫でてあげても、虎汰くんの鼻息は荒いまま。
「うんうん、じゃあ最短でね。……今の夕愛ちゃんに手ぇ出しても、野郎のスイッチ入ると変化しちまうんだよバーカ」
シン……とあたしの部屋に、えもいわれぬ静寂が降りる。
「……は?」
「守護の立場にある僕ら四神の宿主は、まだ脆い18歳未満の娘娘とはにゃんにゃん出来ないってこと」
ピシッ!とあたしの腕の中で白虎が固まった。
「おぉう……にゃんにゃんとはまた古い言い回しだぬ」
「オッサンだからな煉さんは」
「亀たろくん己龍くん、何か言ったかな」
笑顔で拳を固める煉さんに、二人が高速で頭を振る。すると凍結していた白虎のしっぽがピクンと動いた。
「そ……そんなの嘘だ、ボクを牽制するための詭弁だ!」
「虎汰くん。経験者は語るという言葉を知らないかい……?」
ゴゴゴ……と湧き上がるのは賢聖朱雀の気なのか、はたまた煉さん自身のナニかなのか。
「何度トライしてもスイッチが入ると一瞬で朱雀に……! そんで乃愛が18歳になる前にフラれた……」
「うむ、地獄の日々&神鳥なのにトンビに油揚げ」
「やめろ亀。矛先がコッチくるぞ」
「…………」
またもや虎汰くんはピクリとも動かなくなってしまった。
よくわからないけど、あんまりイチャイチャしすぎると白虎になっちゃうってこと?
(それはそれでいいんだけどな)
虎汰くんとチビ白虎。どっちもあたしは大好きだから。
「なんにせよ虎汰……!」
「うむ。虎汰郎くんはチョメっと調子に乗りすぎた」
「身元引受人としてお仕置きはしておくべきか……」
部屋の空気がザワッと蠢いて、己龍くん亀太郎くん煉さんの服が床に落ちる。
「やっ!? みんな……」
目の前に現れたのは、青碧のウロコも鮮やかな東方青龍。
足元には白蛇を巻き付けた大亀、北方玄武。
燃え盛る焔を纏いし神鳥、南方朱雀。
そしてあたしの腕の中には、フカフカキュートな西方白虎。
「はっきり言っておくぞ。俺は夕愛を諦める気はない。18になるまでまだ時間はあるしな」
「ザッツライト。それまで僕らは己を磨きつつ、横やりをガスガス入れまくりゅのだ。覚悟したまえ」
「夕愛ちゃんが18歳になる頃、僕は37か……。この際リベンジもアリだな。たぶん若いし」
スウッと青龍が飛んできて、いきなり前爪で白虎の首の後ろを掴んだ。
「あっ!」
連れ去った白虎に青龍がギリギリと巻き付き、玄武は白蛇でピシピシ叩き、それを朱雀が下からジリジリと炙る。
「しくしく……」
(あ、虎汰くん泣いてる)
仲の良い彼らを横目に、あたしはクローゼットの引き出しから小さな紙袋を取り出した。そして中身を開け、再び彼らの元へ。
「ねえ、もういいでしょ? 許してあげて」
「ちっ……まだ足りねぇけどな」
ポテッと床に投げ出された虎汰くんを拾い、あたしは今用意した物を彼に穿かせた。
「あはは。似合うー、かわいーい!」
それはネットで見かけて一目で気に入り、通販で買っておいたイチゴ柄のパンツ。まだクッタリしたままだけど、白くてフカフカな身体に赤いイチゴ模様はよく映える。
「これでOK。じゃあみんな、あたし寝るね」
肩に虎汰くんを乗せ、あたしはみんなを部屋の外に押し出した。
「え、夕愛待て、コラ! そんな当たり前みてぇに……!」
ついでに彼らの服もまとめて丸めてポイ。
「おやすみなさーい」
パタンとドアを閉め、フカフカの子虎を抱っこしてベッドに潜り込む。なんだか急に眠くなってきた。
「ゆあー……」
「ん……?」
アゴに丸い耳がサワサワ。この感触も久しぶり。
「もしかして、ボクがあいつらに勝ってる部分って……白虎の可愛いトコ?」
「おやすみぃ……」
フカフカであったかい虎汰くんをギュッと抱っこすると本当に幸せ。確かにこの感触は失いたくないかも。
「やっぱり。でもまあ……いいか」
虎汰くんが這い出て来て、ぷちゅとキス。そしてほっぺをくっつけて目を閉じた。
──その頃、ドアの向こうでは。
「……忘れてたぬ。夕愛くんは本気でファンシーなモノに目がなかった」
「俺に足りないのは可愛さなのか……?」
「確かに僕ら、どっちかっていうとイカツイ形状だからねぇ。ま、いいじゃない。夕愛ちゃんが幸せなら」
全裸の男三人が、それぞれの思惑を胸に立ち尽くしていた──。
今夜も空には満天の星。
たとえ一般には見えずとも、不思議な力を持った星たちはこの世に紛れもなく存在している。
(虎汰くん、大好き。いつか房中術も教えてあげるね……)
その時きっと、世界は優しく回っていくだろう。
──あなたは誰のにゃんにゃんですか?
【おしえて!
おしえて!娘娘(にゃんにゃん) 満月 兎の助 @karinto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます