さよならCocona

 意外な発言にあたしたちは揃って目が点になる。ただ一人を除いては。


「ほほお、良いではないか紫苑くん。撃沈した恋などサルベージしても意味はない。新しい風が吹いたなら、それに帆を張るのが幸せへの近道だぬ」


 亀太郎くんがクラーク像みたいに、どこだかわからない方向を片手で指さす。


「だよな! なんかきゃめといると、前向きに考えるクセみたいなのがつくわー」

(ちょっと待って紫苑ちゃん。まさか気になってる人って……!)


 あたし達が前にそびえ立つぽっちゃりクラークさんを凝視していると、紫苑ちゃんが隣にグリグリ割り込んできた。


「でね、あんた達に聞きたいんだけど。……煉さんって彼女とかいる?」


 ソッチーーーー!?


「あとさ、あの人今いくつなの?」

「い、いえ……その、詳しい事は甥っ子さんたちに聞いて」

「え、ズルいぞ夕愛!」

「それにしてもなんで急に煉さんなんだ」


 己龍くんが怪訝に問いただすと、彼女の黒目がちな瞳が煌めいた。


「ほら、虎汰が祭りの時暴れてさ、その痛みを知れって教育的指導であの人にぶん殴られたんだろ? それ聞いてからなんか気になるんだ」


 もしかして紫苑ちゃん、ワイルド系に弱い?


「だから今日の告白でけじめ付けて、この気持ちと向き合ってみたいなって。高校生なんか相手にしないかなぁ」

「ど、どうだろう。聞いてみないと……」


 歳の差かなりあるけど見た目若いし、これからも若いだろうし……アリかな?

 

「じゃあ直接聞くわ。今度みんなの家に遊びに行って」

「え、えと、それは」

「今日はありがとね、みんな。私、先輩の応援しなきゃだからベンチに戻るね」


 ニコニコと手を振って、紫苑ちゃんはテニス部の控えベンチに帰ってしまった。晴れ晴れとした笑顔を残して。


「俺たちも帰るか。腹減ったし」


 己龍くんに促されて立ち上がった時、虎汰くんのポケットからスマホの着信が鳴り響いた。


「ん? AYAME……母さんだ」


 眉をひそめつつも、画面をタップして彼が電話に出る。


「もしもし、なに? ……ああ、わざわざそんなコト?」


 ちょっぴり呆れた口調、でも口元が笑ってる。


「……そんなの、当たり前だろ」


 素っ気ない会話はものの1分で終わり、彼はパチンとケースを閉めて歩き出した。


「なぁに? 何か急用だったの」

「いや、今日発売のラブミーの反響を知らせてきた」

「ラブミーの?」


 そういえば今日は新刊発売の日。でもそんな報告、これまでしてきた事はなかったのに。


「虎汰、それでどうだって?」


 あたしの右隣りから己龍くんが問いかける。


「上々だよ。問い合わせが殺到してるって」

「ふん、だろうとは思ってたけどな」

「ねえなんなの? 何かの特集号?」


 首を傾げるあたしの目の前に横から己龍くんがスマホの画面を差し出した。それは彼らのグラビア写真のようだけど。


「見てみろ。秋の特別号、メンズコーデ特設ページのデータだ」

「ん……? んなっ!?」


 ピシャーンとあたしの背筋に電流が走る。


 己龍くんは相変わらずのイケメン黄金比、そのスタイリッシュなスーツ姿の彼と並んで写っているのは……男の姿の虎汰くん!?


(なにコレーーーー!)


 あたしは己龍くんのスマホに飛びついて画面を高速でスクロールした。


 あるあるある! 己龍くんと競うように様々な衣装を着こなした虎汰くんが、こっちを睨むような視線でポーズをキメている。


(【蠱惑的な魅力の新人モデルはKOTA、本誌専属】!? しかも……カッコ、いい……)

「こ、これ……、ここ、ここなこたたた……!」


 いつから!? なんで!?


「この前の撮影現場に葵さんたちが来てさ。もうボクの顔はどう撮っても女の子の顔じゃないって。だからCoconaからKOTAに強制転向」


 不敵に笑う今の虎汰くんは確かにどこから見ても男の人。今フェミニンな衣装なんか着たらオカマさんに見えちゃうかも。


「多少反響があったとしても、俺の引き立て役どまりだ」

「ああ? そんな余裕かましてていいのかよ己龍」

「俺も今回は気合い入れた。レンズの向こうに夕愛がいるつもりで……たぶん一番いい顔してるはずだ」

「え」


 ポカンと口を開けたあたしを、藍墨色の瞳が優しく見下ろす。

 この人、これ以上素敵になってどうするつもりだろう。


「本気で〝隙あらば“ のつもりらしいな……」


 虎汰くんが独り言のようにつぶやいて、次にあたしは左隣を振り仰ぐ。


「じゃあここなちゃんにはもう会えないの? 可愛くてすごく癒された……あたし大ファンだったのに」

「しょうがないじゃん。ボクが変わったとしたらそれは夕愛のせいだ」


 ドキリと胸が鳴る。

 あたしを見下ろす虎汰くんは、このグラビア写真みたいに男っぽくてちょっぴり艶っぽくて。

 

「四六時中、夕愛のコト考えてるから男の顔にしかならない。よそ見する隙なんか与えないよ」


 耳元に唇を寄せて、内緒の宣言。

 傍にいるだけでキュウッと胸が痛むのに、この先いったい何を企んでるの?

 

(……心臓いつまでもつかな)


 あたしを真ん中にして並んで歩くいつもの風景。雲はあるけれど、秋の空は高く澄んでいる。


「うんうん結構! 虎汰郎くんも龍太郎くんも、ようやくパーヘクトな僕にチョメっとだけ近づいたぬ。相手にとって不足なし!」


 急に真後ろから朗々としたイケボが響いて、あたしはピャッと跳び上がった。


「きゃ、きゃめ太郎くん、いつからいたの」

「あれ? そういえば亀太郎のコト忘れてた」

「なんか途中から気配が消えたな、何やってた」

「うむ。なにやら急に頭をドヤされたような衝撃があって記憶が飛んでりゅ。紫苑くんが航海に出るとか、その辺りまでは覚えているのだが」


 ……それって。紫苑ちゃんが煉さんに気があるのを知ってショックだったんじゃ?


「何はともあれ。僕も帰路につく娘娘を尽きせぬ愛で見守ろうではないきゃ」

「まあすてきありがとうじゃあさっさといきましょうみんなつきあってね」


 あたしは駅への道を、スタスタと先に立って歩き出した。


「夕愛? 行くってどこに」


 虎汰くんたちが駆け寄ってきて、いつもの3ポイントフォーメーションについてくれる。


「本屋さんに決まってるでしょ。ラブミーの最新号を買いに行かなくちゃ!」



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