あげガールは守られている
紫苑ちゃんの打ち上げ花火
九月とは言え、まだまだ強い日差しが照り付ける緑のテニスコート。その片側からポニーテール戦士のウィニングショットがコートに突き刺さった。
『――ゲーム! ウォンバイ 藤咲、東雲学園。ゲームカウント……』
「いやったあーー!! ぁああ紫苑ちゃーーん!!」
「……勝ったか」
「ちょっとヒヤヒヤしたね」
コートの紫苑ちゃんが最高の笑顔でこちらを振り返る。もうそれだけであたしの胸はいっぱい。
「すごがった……じおんぢゃん。うれじぃーー」
「夕愛、これ交流戦だし。あんまり勝ち負けは関係ないんだよ?」
そんな事を言う虎汰くんを思わずキッと睨んでしまった。
(違うし! 勝ち負け、ものすごく関係ある。だって紫苑ちゃんは)
この交流戦で勝てたら虎汰くんに告白する。長年の想いに区切りをつける為に。
(前からそう決めて練習も頑張ってたんだもん。……ちょっと複雑だけど)
虎汰くんはどう思うだろう。区切りどころか急に彼女を意識するようになるかも。だってあんなに美人で性格も良い子、そういるもんじゃないし。
「ん? なに夕愛さっきから。目力すごいんだけど」
「へっ!? な、なんでも、ない……」
「あーわかった。さては」
ドキッと胸が鳴った。もしかしてあたしがつまんないヤキモチ焼いてるの、気がついちゃった!?
「ち、違うの! えと、そもそもあたしなんかがそんな」
だってあたしはなんの取り柄もない量産型の女の子だし、普通じゃないのは体質だけで。
(それに引き換え、虎汰くんはどっからどうみても美少年……ううん、最近は)
”美少年”はちょっと違う。ふとした眼差しや仕草にも、最近の彼には出会った頃のような可愛らしい雰囲気がない。
「さては二人きりになりたいってサインか」
つまり、やけに男っぽい。
「ち……ちちちちがいまふ……」
「今日は土曜で紫苑ちゃんの試合を見に来ただけだし、ウチに帰ったらね」
もともと悪魔的な要素はあったけど、それが通常モードに溶け込んで最近の虎汰くんは年中無休の肉食獣。
「そそそんな。だ、だめめめめ……」
じゃれつかれて転がされて。オロオロと返答に困っていると、いきなり後ろから回ってきた腕があたしの首に絡みついた。
「学校でサカってんじゃねぇよ虎汰。イトコじゃないってバレたら困るのはコイツだろうが。引っ付くな」
耳元でドスのきいた低い声が響く。でも虎汰くんも負けてはいない。
「引っ付いてんのは己龍だろ。てかなんなの? ボクが夕愛に近寄るといちいち割り込んできて」
「俺はもう物わかりのイイ奴はやめたんだ。嫌なものは嫌、触りたいもんは触る」
後ろから己龍くんにブニュッとほっぺを掴まれてあたしの口がタコになった、その時。
「みんなー、応援来てくれてありがと。勝ったぞー!」
振り返ると笑顔で応援席の階段を上って来る紫苑ちゃんの姿。なぜかその後ろをニコニコ顔のぽっちゃりフェイスがついて来る。
「やあやあ、”きゃめの愉快なルームメイト達”よ! 今の紫苑くんの試合、実に血沸き肉躍ったぬーん!」
残暑厳しい9月の終わりに、巨漢が自らを抱いて悶える姿はなんともつらたん。
「きゃめ邪魔。ねえ、そんなことより」
「邪魔とな!?」
亀太郎くんを押しのけて、前に進んだ紫苑ちゃんが足を止めたのは……虎汰くんの前。
「虎汰。私あんたに話があるんだけど、ちょっといい?」
ドキリと重苦しい動悸があたしの胸を打つ。……いよいよなんだ。
「ボクに? いいけど、どうしたのそんな改まって」
ベンチに座ったまま虎汰くんが彼女を見上げる。
「き、己龍くん、あたしたちは席外そう……」
「いいんだ。夕愛たちもここに居て」
「え」
遠慮するつもりで腰を浮かせたのに、あたしは隣の己龍くんに手を引っ張られてベンチに逆戻り。
そして紫苑ちゃんはひとつ深呼吸して口を開いた。
「虎汰。私、あんたが好きだ。もうずっと前から」
その告白は迷いもてらいもなく。泣きたくなるくらい、ただ真っ直ぐ。
(紫苑ちゃん……)
応援席がしんと静まり返る。
やがてまばたきもせずに彼女を見上げていた虎汰くんが、ふと微笑んだ。
「うん、知ってる。幼稚舎の頃からだよね」
「はは……やっぱバレてたか」
「紫苑ちゃんもけっこうわかりやすいから」
幼なじみだった二人。幼なじみではいられなくなった紫苑ちゃん。
「そっか。で、返事は?」
「返事? いるの?」
「当たり前だろ。それを聞く為に告ったんだ」
「……」
初めて虎汰くんが言葉を探すように視線を外した。
「頼むよ。一発、ガツンと。それ聞いたら私、あんたに謝らなきゃいけない事もある」
「ふうん……じゃあ」
オリーブ色の瞳がもう一度紫苑ちゃんを見上げる。
「ボク、病むくらい好きな子がいるから。紫苑ちゃんの気持ちには応えられない」
あたしの胸がチクンと鳴き、紫苑ちゃんがコクンとうなずいた。
「あのね……私、夏休み前に」
「言わなくていい。何を謝るつもりなのか知らないけど、ボク紫苑ちゃんが何をしても嫌いになったりしないし」
彼女が困ったように眉を下げる。
「でも、そんなわけには」
「それは忘れて。忘れていいんだよ」
虎汰くんの言葉に泣き笑いのような笑顔がこぼれた。
「なあ、虎汰の好きな子ってどんなやつ? 教えてよ」
あたしをチラ見して、紫苑ちゃんがイタズラっ子のように笑う。
「ん? ゆるゆるのホイップクリームみたいな子」
え、ちょっと待って。
「あっははは! なんかそれわかるわー。ピンとツノ立ってなくて、でろーんってしてる感じ」
「そうそう、それ。でもね……」
紫苑ちゃんを見上げたまま、虎汰くんの手が隣にいるあたしの小指をキュッと握った。
「なめると甘いんだよ」
「──っ!!」
ボッと瞬間湯沸かし器みたいに一気に顔が熱くなる。あたしの心臓ってこんなオーバーワークで大丈夫!?
あまりのショックに魂がお留守になったあたしの前で、紫苑ちゃんが自分の胸に手を押し当ててぼんやりとつぶやいた。
「あー、なんだろ。やっぱり私、今の聞いてもけっこう平気だわ」
そう言って彼女は、次にポリポリと頭を掻く。
「いや実はさぁ。最近ちょっと気になる人がいるっていうか」
「…………はひ?」
ナニソレ、タッタ今アナタ告ッタトコデスケド?
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