ボクはペット(※でも肉食系)
白虎はヤンデレ
彼は、ある意味本当にパーフェクトだった。
「――キャー! 頑張ってぇ、あと一点だよーー!! あははは!」
「ウチの男子、強いじゃん! イケるイケるー! ツブせーー!!」
東雲学園高等部、1-A女子の皆さんの黄色い声……ではなく、なんと言うか
……キミドリ色?の声が体育館に響き渡る。
本物の黄色い声はこの前に終わった試合、虎汰くんと己龍くんが出ていた時の声援がまさにそれだったと思う。
今日は新入生が親睦を深めるための恒例行事、クラス対抗球技大会(今年はバレーボール)。今行われているのはメンツ的に言っても誰もが期待していなかった第3ブロックの試合だ。
「――OK、OK! このまま逃げ切っちまおうぜ! マッチポイントだ!」
そう叫んでサーブの位置についたのは、虎汰くんの仲良しでもある坂田君。周囲の予想を良い意味で裏切り、坂田君率いる第3ブロックA組チームは決勝戦にまで駒を進め、あと1ポイントで勝利といった正念場にあった。
「「そーー……れぃ!」」
周囲の掛け声も気合い充分。
それに応えるように、坂田くんのアンダーサーブが女子も真っ青のへロロな軌跡を描いてなんとか敵のコートに侵入する。
「ちょっと坂田ぁ! なんなのよ、その乙女サーブ!」
「アンタの筋肉は着ぐるみかー!」
仲の良い女の子たちから群青色の声援が上がった。敵は丁寧にレシーブを上げ、そこからのトス、スパイクというなかなかのチームワークを見せる。
「坂田ぁ! 男なら死ぬ気で拾えーー!!」
彼は漢を見せた! 伸ばした片手に当たったボールがフワリとイイ感じに前衛に向かい、セッターがしなやかにトスを上げる――。
「ああっ! トス乱れた、後ろ過ぎ……!」
その瞬間、ドン!とフロアを踏み込む音。
「「…………っ!!」」
敵も味方も関係なく、誰もがその奇跡の光景に息を飲む。
後衛から体育館の
そして『彼』の恐るべき身体能力とバネを生かしたスパイクが炸裂する!
「バックアタックーーーー!?」
相手コートにダゴンッ!と突き刺さったボール。渾身の一打に全く反応出来なかった敵チームの面々。
一瞬の静寂の後、コートにドスンと着地した亀太郎くんが……静かに拳を天に突き上げた。……ドヤ顔で。
「いやったぁぁぁーー! きゃめたろーくん、スゴーーイ!」
「あっははは! あのオデブ、マジクレイジーだぁ! なんであんなに跳べんの? 重力無視か!」
勝利の歓声を上げながら、クラスメートたちが亀太郎くんに駆け寄っていく。取り囲んでお腹をタプタプ触るのは、彼の独壇場だった今の活躍を讃えているのに違いない。
結果、我がA組男子は総合優勝。女子の試合は午前中に終了していて、4クラス中3位という地味な成績だったけれど、クラスの親睦を深めるという催し本来の目的は果たせたように思う。
「すごーい……。亀太郎くん、頭良いだけじゃなくてスポーツもできるんだ」
体育館の端っこから、あたしは楽しそうなみんなと亀太郎くんを呆然と眺めていた。関わりたくはないものの、やっぱりその超人的な身体能力には感心してしまう。
「ホントにあいつ、ボクたちと同じ四神の主なのかなぁ」
「四神に豚なんかいねぇけどな」
左右からのつぶやきに、あたしは小さく肩をすくめた。
「声が大きいよ、二人共。……だってあたしの事、にゃんにゃんって呼んだもん。他にそんな事言う人いる?」
うーん、と虎汰くんと己龍くんは揃って思案顔。あたしだって確信があるわけじゃないけれど。
入学式の日、家に帰ったあたしは一応みんなに亀太郎くんとの一部始終を報告した。過去の出来事から、あたしを追って東京へ来たらしいこと、そして彼に言われた言葉も包み隠さず。
正体を確認したり仲間として交流するようになるのかと思ったら、途端に全員が険しい顔つきになった。そして煉さんに、
『調べがつくまで、こちらの事は一切話さない事』と言い渡されて今に至る。
「どっちにしてもボクは気に入らない。夕愛があいつのこと『すごーい』なんて言うとなおさらね」
隣の虎汰くんが口をとがらせてあたしを軽く睨んだ。
「そ、そんな。あたしいくら亀太郎くんが色々出来る人でも、好きになったりしな……」
「なんで? あいつ夕愛のめっちゃタイプじゃん!」
「はあ!?」
「ああ、そういやそうだな。かなりドストライクだ」
己龍くんまでもがそんな風にうそぶいて、あたしを冷ややかに流し見る。
どうして? 意味が分からないんですけど!
「だってさあ、あいつは頭もよくて運動神経も良くて、しかも歌もダンスもプロ級らしいよ? この前メイちゃんたちがカラオケに連れてったら、あいつの三代目Jが完璧過ぎて失神しそうになったって」
あの超人気ダンス&ボーカルユニットの三代目Jを亀太郎くんが!? 確かに見たら卒倒しそうだけど、でも!
「あ、あたし男の子のそういう特技とかでキュンとなんか」
「ちがーう! ホントに自覚ないんだね。そういう何でも出来て頼りになって、モテ男の条件いくつも持ってるようなヤツが……あのデブちん&ルックスだよ?」
「…………はぅ!!!?」
あたしは叫びだしそうになる口元を両手で押さえた。
「ものすごく残念だろうが。お前の娘娘がいつ騒ぎ出してもおかしくない」
そうか……そうだ、そうよ!
あのルックスなんだから頭良いくらいに留めておけばいいものを、超絶運動神経に、歌もダンスも完璧な三代目Jなんて……お気の毒すぎる!
「ねー? 夕愛がドギュン!ってなったら、向こうは元々その気なんだし。食べられちゃうかもー」
ガタガタ震えだす身体を、あたしは自分の両手で抱きしめた。あの衝動で理性が飛んでしまうのはこの前の電車で立証済み。
ナニカアッテカラジャオソイ……!
「あ……あたし亀太郎くんには絶対近づかないぃぃ……!」
「バカ、なに思い詰めてんだ。たぶん大丈夫だろ」
呆れたように己龍くんが吐いたセリフにあたしの震えが一瞬止まる。
「うん、そうだよ夕愛。ちょっと脅かしただけ。ごめんごめん」
虎汰くんまでがクスクス笑いながらあたしの頭をよしよしと撫でた。
「なんで大丈夫……? だって二人のいう通りじゃない!」
「確かに残念なヤツだけどねー、本人にその自覚がないから。完全なるドヤ男、天上天下唯我独尊」
「つまり悲壮感がまるでない」
確かにナイ!
彼なら何があってもプラスに取りそうだし、打ちひしがれる姿なんて想像もできない。ということは。
(なんだ、そんなに怖がることなかったんだ。ふふふ……、強敵よ、さらば!)
「あーあ、もう勝ったような気になってる」
「やっ!? こ、虎汰くんまでメンタリスト……」
「夕愛の顔がわかりやすいだけ。とにかく、なるべくあいつには近づかないように。いいね?」
慌てて顔を半分、手で隠しながらうなずいた。
すぐ落ち込んだり舞い上がったりして、しかもそれが顔に出ちゃうところを直さないと。
「でもまあ、そんなに神経質にならなくてもいいよ。あの亀くんにも他の奴らにもね」
ふいに虎汰くんが体育館にいる人たちを見渡して、ふわりと微笑んだ。
「え? だって、ホントに好きでもない人と変なコトになったら」
「その時は」
隣にある柔らかな笑顔が、あたしを見下ろす。
「……ボクがそいつを排除するよ」
ドクン、と胸の真ん中がわなないた。可愛いのに、優しいのに、その雰囲気と言葉は大胆不敵。
「ボク、もうかなりヤンデレなペットだからね。大事なご主人さまが危機になったら、たぶん威嚇だけじゃ済まない」
虎汰くんの瞳がわずかにオリーブの金を帯びる。その瞳が白虎の時の彼と重なっていく。
(なに……この感じ。虎汰くん……?)
あたしの瞼の裏に、あのタペストリーに刺繍された九天玄女娘娘が映った。
たおやかで美しい彼女の背後に、ピタリと寄り添う巨大な白銀の虎。その目は金色に光り輝き、眼光だけで他を寄せ付けないほどの気を放っている。
(白虎……って。けっこう怖い)
「こいつが嫌がる相手なら、お前が出るまでもなく勝手に自滅するだろ」
己龍くんの声にあたしはハッと我に返った。
「望む相手なら、なおさら虎汰の出る幕はねぇ。踏み込み過ぎんなよ」
そして彼は足元に置いてあったスポーツバッグを取り上げる。
「うん。己龍はそうやって遠くから援護射撃してくれればいいよ。ボクはボクのやり方で夕愛を守るから」
ニコニコと応える虎汰くんを、己龍くんの蒼い瞳がヒタと捉えた。
「……お前が娘娘を守る? そんな気になれんのか」
「やだな、当たり前じゃん。何を言うつもり?」
「…………」
二人の交わす視線はなぜかピリピリしていて、傍にいるあたしはなんとなく居心地が悪い。
そこへ体育館の奥からポニーテールを揺らしながら、紫苑ちゃんが駆けて来た。
「ごめーん、夕愛。実行委員はこのまま、大会の片付けとかしなきゃいけないんだって。先に帰っていいよ」
「え、この後、閉会式とかあるんじゃないの?」
「ないない、そんなの。大会って言ってもレクリエーションだし、そんな大げさなものじゃないんだ。あ、己龍と虎汰も、もう着替えて下校していいからね」
それだけ言うと、実行委員の紫苑ちゃんはトーナメント表の前に集まる人だかりの方へ戻っていく。
すでにバッグを手にしていた己龍くんが、先に踵を返した。
「ボクたちも帰ろうか。己龍と更衣室に寄って着替えてくるから、夕愛はちょっとだけ教室で待ってて」
「あ、その間にあたし、図書室で本借りてきてもいいかな。現国の宿題のやつ。急いで行ってくるから」
「ゆっくりでいいよ。じゃあ教室で待ってるね」
虎汰くんがパタパタと己龍くんを追っていく後姿を見送って、あたしはホッと息をついた。
あの二人、仲がいいのか悪いのか、よくわかんない。
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