フラレ神の理由
ぷに。
ぷにぷに。
ぷにぷにぷにぷに……。
あたしのほっぺたを肉球が何度もプニプニする。
アハハ、カワイキモチイイネー……。
「……ゆーあ、聞いてるぅ? 煉さん、なんか夕愛笑ったまま動かなくなったー」
「当たり前でしょ。どストレート過ぎるし語弊もあるし。それじゃまるで夕愛ちゃんがものスゴいテクニシャンみたいじゃない」
「えー? 違うの?」
「ナニ期待してんだ、オメェはよ」
脳内フリーズしたあたしを尻目に、霊獣たちのディスカッションはヒートアップしていく。
「だって興味あるよ、オトコノコだもん! しかもにゃんにゃん手に入れたら運気も人生も思うままじゃん」
手に入れたらって……、ああ可愛いくせにめっちゃアグレッシブ。
「忠告しておくけど虎汰くん。
「え、なにそれ。ボクそんなの聞いてない!」
「虎汰、お前。何のために煉さんがこの女を引き取る事にしたのかわかってないな」
ため息まじりのチビ龍がふわりと浮きあがった。そのまま宙を泳ぐようにやってきて、あたしの周りで螺旋を描く。
「九天玄女娘娘を宿す女は、好きでもない相手に触られるとソイツの活力も気運も奪っちまう。そのくせ娘娘の霊気が無駄に男を引き寄せるから始末が悪い」
(……! 引き寄せる……?)
あたしの耳だけがフリーズの呪縛からぴぴくっと解き放たれた。
「己龍くんの言う通り。今から何代も前だけど、娘娘に夢中になって強引に関係した男が非業の死を遂げた、なんて事例もけっこうあるんだよ」
「えーー!?」
えええーーーーっ!?
「騒ぐな。だから、もしこの女にそういう危機を感じさせたり乱暴な扱いをする奴がいたら、そいつは間違いなく悲劇に見舞われる。しかも娘娘の不穏は影響し合ってる俺たち四神の宿主の精気も削ぐ」
「だから僕たちは、夕愛ちゃんがそういうトラブルに巻き込まれないように保護してあげないといけないんだ」
「あのー……お話の途中ですが」
ポソッと割って入ったあたしに、それぞれの視線が一斉に注がれた。
「えと……その
確実に違う。だってさっきの話の中で、明らかあたしに合致しない箇所がある。
「急にどうしたの夕愛ちゃん。四神か娘娘でなければ、僕らのこの姿は見えないんだよ?」
「見えるけど、違う……」
「ゆあぁ? こんな風に霊獣のボクを触れるのも四神の宿主かにゃんにゃんだけだよ」
「よくわかんないけど! とにかく、あたしは絶対にゃんにゃんじゃない。みなさんの勘違いなんです!」
「……なにを根拠にそこまで言う」
冷やかな青い龍の視線に促されて、あたしはへの字に結んだ口をおもむろに開いた。
「……
ぶわぁっと、心ならずも涙と鼻水が一緒にダダ漏れた。
やっと塞がってきたはずのカサブタが、ここへきて一気に剥がされた気分。この過去はあたしにとってけっこうなトラウマだったりするのだ。
「13……回?」
腕の中で、丸い目をさらにまん丸にして鼻をぴくぴくさせる子虎。
「ほほお……それはまた、ねぇ?」
フォローの言葉が見つからず、後を次の者に丸投げする焼き鳥。
「そこまでいくと神だな。フラれ神」
そしてフォローどころかトドメを刺すチビ龍。
「言わないでぇぇ……。だからフラれ神のあたしが、そんな『歩くだけで男の子が後ろを着いてきて笑うとみんなが失神する、えっちなニャンニャン達人』でなんかあるわけないー」
「お前、そんな女がリアルにいたらヤバい組織に即スカウトだ」
「気を確かに、夕愛ー。とにかく鼻水拭こう、ね?」
虎汰くんが腕から飛び降り、ティッシュの箱をくわえて戻って来た。ありがたくそれを使わせてもらってチーン。
「夕愛ちゃん、落ち着いて。でもそのフラれ神って話は娘娘であるなによりの証拠だよ。最後にフラれたのは15歳の誕生日より前の話じゃないかい?」
煉さんの言葉に、鼻をかんでいたあたしの手がピタッと止まる。
「そう、です。最後はクリスマスの少し前だったから。それからはもう受験勉強に必死だったし」
「娘娘の霊力はかなり特殊だからね。宿主の心と身体がそれに順応できる15歳になるまで発揮されない。逆に、幼いうちは純潔が守られるよう異性を寄せ付けない霊波が出ているそうだ」
なにそれーー!?
「じゃあ……じゃあ、あたしがフラれ続けたのはそのおかしな霊波のせいなの?」
「経緯はわからないけど、君は平凡に可愛いし13回も連続でフラれるってのも普通じゃないと思わない?」
……そりゃ思いましたとも。
でも『告り魔夕愛』なんて噂が立ってたら、誰にも相手にされなくて当然だと納得したし。まさかそんなおかしな電波が自分から放出されてるなんて、誰が考えるんですか?
「てかよ。コイツがダメなら次はアイツって、それだけの人数乗り換えられるのが普通じゃねぇ」
ビクッ。
「あ、それボクも思った。めげずに次々と告白するのも普通じゃないよねっ」
ビクビクッ。
そんな事言われても、次から次へと気になる人が現れるんだから仕方がない。告白する時もいつもためらいはなかったと思う。
考えてみれば、何事にも積極的とは言えないあたしがどうして――。
「そう、面倒なのはそこだよ。夕愛ちゃん思い出してごらん。その13人、それは恋だった?」
「は?」
煉さんが羽を収めて、また鳥首を傾げる。
「九天玄女は和合の女神だからね。著しく精神や精気が弱っていたり、運気が低迷している人間がいると、自らが
「……ごめんなさい、ちょっと意味がよく……」
「つまりね、君はお気の毒なヤツとか残念なヤツに弱いって事。そういうのを見ると、本能的に房中術を施したくなるそうだよ」
――ビンゴ!?
いやいや、ビンゴじゃない!
だってあたし、確かに元気がない人に弱いって自覚はあったけど、だからと言ってそんなテクニカルなコトがしたかったわけじゃない!
ただ寂しげな横顔に手を伸ばしたくて。震える背中を抱きしめてあげたくて。
そういう事をしてもいいのは彼女だけだと思ったから……!
「……ゆーあー? またグルグルなんか考えてる? ヘンな顔のまんまー」
「どうやら覚えがあるみたいだぞ、煉さん」
「やっぱりそうか。じゃあこれで納得してくれたかな?」
納得……。
もしかしたらホントに? ってくらいは納得しちゃったかもしれない……けど。
「とにかく、これからは同情なんかでむやみに男に近づかない事。下手にその気にさせると困った事になるよ?」
今は鳥なのに、煉さんの顔がちょっと厳しく見える。
「宿主が15歳になった日を境に、娘娘はかつて黄帝を選んだように、自分の全てを注ぐべき者を探し始める。やがて彼女の全霊を込めた房中術が行使された時、僕ら四神の霊気は冴え、淀んだ現世の気の流れもリセットされる……と言われているんだ」
「…………」
なんだか話が大きすぎない?
あたしはただ普通に恋をして、普通に好きな人と恋人になって、普通に結婚できたらそれで幸せなのに。
「考え込むなバカ。今、煉さんが言ったのはただの言い伝え。お前はそういう体質ってだけの話だ」
「そうなの!?」
てかホントに己龍くんはなんであたしの頭の中がわかるの!?
「まあそうだね。僕らも変化できるだけで、たいそうな力があるわけじゃないし。でも夕愛ちゃんのお父さんからすれば心配だよ。だから娘娘の力の影響を受けない四神の僕らに、君の私生活から学園生活まで監視してくれと」
「あ……っ!」
言われてやっと気が付いた。あたしをここへ送り込んだ人の存在を!
「そうよ……、お父さんはなんで今の話を知ってるの? 煉さんとうちのお父さんってどういう関係なんですか!」
「え? 関係って……うーん。強いて言うなら、四神仲間」
「は?」
「遠い親戚みたいなもん。血は繋がってないけど」
「あ、それからねー、ボクと己龍は従兄弟なんだよ。ボクの母さんと己龍の母さんは、煉さんのお姉ちゃんなんだ」
「つまり煉さんは俺たちの叔父ってことで……」
「そんなんどーでもいいっ! 二人とも黙ってて!」
あたしの剣幕にチビ龍はビクッと鱗を震わせ、子虎がシュンと小さくなる。
「煉さん、四神仲間ってうちのお父さんと? まさか」
「まさかじゃない、彼は
「はぁ!? ホウキって……! ……え」
……あの、亀に変なヘビが巻き付いて、ウニモグ動いてたヤツか……っ!?
あたしはもう一度、壁に掛かったタペストリーをまじまじと見つめた。
どっしりとした黒っぽい亀に蛇が絡みついた霊獣が、四神の一角に堂々と存在している。
それはまさしく、かつてあたしが家で見つけて泣きながら外に掃き出したモノに間違いない!
「おと……さ、ん……?」
ふと足元を見れば、シッポをふりふりしてあたしを見上げる白虎。その隣でウネウネとぐろを巻く青龍、背中にほんのり感じる熱は燃える朱雀のものだろう。
そして記憶に残る、玄武の姿……。
「あたし……やっぱり九天玄女にゃんにゃん……」
「お、自覚したみたいだね。まあそんなに構えないで、君は普通に楽しく学園生活を送ればいいんだ。フォローは己龍くんと虎汰くんがしてくれるから。ただし、恋をする時は慎重に」
煉さんが羽を震わせると、ハラハラ火の粉がフライパンに落ちる。すると虎汰くんがあたしの脚にふわふわの前足で抱きついた。
「ボクが夕愛に近づく男には全部噛みついてあげる。……で、いつかボクに房中術を教えて」
「…………はい?」
脚にくっついた可愛い物体がキラキラした瞳であたしを見上げている。
「虎汰くーん、ちゃんと話聞いてた? 白虎の君でも夕愛ちゃんにおかしな真似すると」
「無理強いじゃなきゃいいんでしょ? 合意があれば」
白虎の姿がにわかに霞み、ムクムクと大きな人の形に戻っていく。
「ねえ夕愛。もしこの先、夕愛のコト好きだって男が現れても、それはにゃんにゃんの霊気で誘われてるだけかもしれないよ。その点、白虎のボクにはその霊気の影響はない」
覗き込んでくる顔は最初にあった時と同じ、ちょっとイタズラでどこまでも可愛い。
「夕愛のこと、めっちゃ気に入った。ボクが夕愛の黄帝になるから覚悟して」
「え、でもあの……」
あたし、自分より可愛い男の子なんて……しかもオカマさんはちょっと。
「物好きだな、虎汰も」
「いいんじゃない? そういう可能性は無きにしも非ず……」
呟いた青龍と朱雀の姿も見る間にヒトガタとなり、あたしの目の前で三人の男たちがスッと立ち上がる。
……一糸まとわぬ状態で。
「……きゃーーーーっ!!」
脱兎の如く、あたしは自分の部屋になる真ん中のドアに駆け込んだのだった――。
「あ……そっか。忘れてたね」
「しおりに『変化を解く時は各自の部屋で』って書き足しておかないと。今まではオトコ所帯だったからどうでもよかったけど」
「めんどくせぇな……。つーか虎汰」
己龍くんがジーンズを掴んで隣を流し見る。
「お前……何を企んでる」
「……別に、何も?」
その時、虎汰くんが唇の端で笑ったのを、部屋に籠ってしまったあたしは知る由もなかった……。
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