警戒警報! だめんずトラップ
キケンがいっぱい
東京に来て数日。
少しずつだけどこの家での生活にも慣れてきて、今夜はぐっすり眠れそうな気がしていたのに。
「虎汰には気を許すな」
もうちょっとで完全に夢の中……という一歩手前、あたしはその低い声で目を覚ました。
「己龍、くん……?」
暗い部屋のドアの前に、なぜか怖い顔をした己龍くんが立っている。
頭がすぐには働かないけど今はたぶん真夜中、そしてあたしが寝ていたのは自分の部屋のベッド……に、間違いない。
「どうしたのこんな夜中に。それにあの、ここ一応女の子の部屋っていうか、あたしのプライベートルーム……」
「わかってる。……だから来た」
カーテンの隙間から差し込む月の光が、彼の端正な顔立ちをぼんやりと映しだす。
ゆっくりとこちらに近づいてくる己龍くんの全てに、あたしはただ見とれるばかり。
「ここ数日黙って見てたけどな、やっぱりなんか気に入らねぇ」
少し疲れたようなため息をついて、彼は当たり前のようにあたしのベッドに腰を下ろした。
「えと……。気に入らないって、何が?」
「お前が白虎の虎汰を抱き上げる事。ニコニコ楽しそうに笑いかける事」
小さくつぶやいた彼の横顔に、ドキンと胸が高鳴る。
「だ、だって虎汰くん人懐っこいし、可愛いからつい……」
「そうやって近づくのがいつものヤツの手だ。お前の黄帝になるって宣言したようなヤツだぞ、少しは警戒したらどうなんだ」
苛立ったように吐き捨てて、切れ長な目があたしを軽く睨んだ。
ねえ、それってもしかして……?
「お前は隙だらけでユルすぎる。バカじゃねぇの」
「……お前じゃないよ」
「あ?」
「夕愛だよ。己龍くん、あたしがここに来てから一度も名前呼んでくれたことないよね……」
己龍くんが困ったように眉をひそめて口を閉ざす。
「なんでそんなに怒ってるの? あたしが虎汰くんと仲よくしたらダメなの? どうして?」
「なんだよその質問。お前、意外と性格悪いぞ」
「お前じゃない……」
目を合わせたまま、あたしの口から漏れた小さなお願い。
静かすぎる部屋の中に、あたしたちの鼓動だけが重なって響いている。
「……夕愛」
きゅん♪ってした。いま胸のド真ん中がドキュンってしたよ? ナニこの感じーー!?
「別に虎汰だけじゃない。夕愛が俺じゃない男の傍にいるのは気に入らねぇ。巻き付いて締め上げたくなるよ」
自嘲気味に笑ったその瞳が、急に真剣な色を帯びてじっと見つめてくる。
そして大きな手のひらがあたしの頬を優しく包んだ。
「たぶん最初からだ。あの店でお前の腕を掴んだ瞬間から、もう俺はヤラれてる。……夕愛の黄帝になるのは、俺だ」
「己龍くん……。でもあたし……」
「――残念でした。もう遅いよ、己龍」
ベッドの中にいた虎汰くんが、布団を押しのけて起き上った。素肌の肩が、胸が、見せつけるように露わになる。
「こ……虎汰!? お前、まさかもう……!」
全てを瞬時に理解した己龍くんが、あたしと虎汰くんを高速で見比べた。
そりゃびっくりもするよねー。
「うん、そのまさか。すんごかったよー、もう最高♪ ねー夕愛」
飛びついてきた虎汰くんがあたしに頬ずりする。柔らかい髪がふわふわで気持ちイイー。
「夕愛! お前、いくらなんでも早すぎんだろ!」
「えへへ……つい」
「ついってなんだ!!」
なんだろ?
「おい虎汰、お前本当になんともないのか? 夕愛はお前を完全に受け入れたのか!?」
「やだなぁ、だから最高だったって言ってんじゃん。ちゃんと愛し合ってなけりゃあんな……、ゴブアァッ!!」
なぜか! いきなり!
虎汰くんが大量の血を吐いた。それはマーライオンのように、口から放物線を描いてまだまだ放出し続けている。
「どわああああ……なんでぇぇぇー……?」
「はーっはっはっは! ほら見ろ、やっぱり虎汰じゃダメなんだよ。夕愛の気持ちがないのに、可愛く迫って無理やりコトに及んだお前は死ぬんだ」
あ、そういうコトね。
「となると……ふふふ。夕愛が選ぶのは間違いなくこの俺だ。さあにゃんにゃんよ、いざ究極の房中術を我にぃぃぃ!」
「きゃっ!」
飛び掛かってきた己龍くんに、突然横からゴォッと火炎放射が浴びせられた。
「あー……熱ぅい……焦げるよー……」
半笑いの顔のまま、己龍くんが木炭のように真っ黒焦げになっていく。なんという悲劇。
うーん、己龍くんでもないのか。となると……?
轟轟と燃え盛る炎の根源を辿ってみると、それは翼を広げた大きな赤い鳥のくちばしから放たれている。
「こわっぱどもよ、百億年早いわ。娘娘は僕がもらい受ける……。さあ夕愛ちゃん、僕の部屋で運命のマグマグしよっか」
「まぐまぐってなぁに? 煉さん」
「ま・ぐ・わ・い・の隠語♪ ほら早く早く」
いや、そんな。鳥なんかにバサバサとおいでおいでされても。
けれど能天気に羽を振っていた朱雀の頭に、いきなりゴンッと巨大な亀が落ちてきた。
鳥首がゴキッとイッて、焔がにわかに鎮火していく。
あー、痛そう。煉さんにも不幸が舞い降りちゃった。
「頼りにならない奴らめ。やはりお前らに夕愛は任せられん……」
足元にゴロンと落ちてきた亀。その身に巻き付いた白い蛇がウネウネとのたくっている。
「……って、お父さん! 来ないでよ、亀もヘビも嫌いぃぃ!」
「ゆーあー、ボク血ぃ吐いても平気だよー」
吐血マーライオンが再びあたしの首に飛びついてきた。ふわふわの髪がくすぐったい。
「うむ。俺も木炭になっても元気だぞ」
「僕も。首なんてどうせクルクル回るし」
黒焦げの己龍くんと首が90度に折れ曲がった煉さんも近づいてくる。そして足元に玄武のお父さんがのたのたと忍び寄る。
「ちょ……なんかヤダ……! 来ないでよ……」
「ゆーあー。ボクとまぐまぐしよー……」
「夕愛……俺のウロコ……数えてくれ……」
「夕愛ちゃー……ん。焼き鳥はキライぃぃ……?」
「のたのた……」
あああああ! なにそれヤダってばーー!!
「――…………はうっ……!?」
視界に広がったのは見慣れない天井。
いや、やっと見慣れてきた、可愛いアンティーク調のすずらん照明が下がった新しい部屋の天井。
そして横たわっているのは、実家のよりずっと広いセミダブルのベッド。
(……なんて夢みてんの、あたし……)
妄想もここまでくると恥ずかしいより恐ろしくなる。
己龍くんに迫られて、まっぱの虎汰くんがベッドにいて……あとはよく覚えていない。
(ヘンタイだ……。あたし、フラれすぎてついに妄想が変態の域に達してる。あああ、どうしよ……! ……ん?)
寝返りをうつと、アゴにふわりと柔らかいものが当たった。
(…………)
そろそろと目を下に向けると、白くてフカフカな生き物があたしの肩を枕にして眠っている。
ぬいぐるみだと思いたいけど、ほのかにあったかいし寝息も……。
「こ……! こここ虎汰くん!? なんでこんなトコに……!」
熟睡しているチビ白虎を両手で持ち上げ、ブンブンと振ってみる。するとクタッと垂れ下がった虎汰くんが、寝ぼけまなこをようやく開いた。
「んー……もう朝ぁ? あ、おはよー、夕愛」
「おはようじゃないでしょ! なんであたしのベッドにいるの」
「なんでって、なんとなく。いいじゃん、素のままじゃ問題あるかもだけど、ちゃんと白虎に変化してもぐり込んだし」
こんなのがいたから、無意識にあんなへンタイな夢を見たんだ。だって、変化してる時の虎汰くんは、まっ……。
「…………きゃーーーー!!」
目の前にぶらさがった子虎には……コロンとしたものがついていた。
あたし、ここに来てから悲鳴あげてばっかだ。
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