娘娘=あげガール?


「よーし、じゃあ次は僕が行こう」


 あたしの向かい側のソファで、今度は煉さんが……掻き消えた!

 ファサッと重力に従って下に落ちるエプロン、シャツ、チノパン。その中から一羽のあかい、小さな尾長鳥おながどりが舞い上がる。


「……っ! ~~~~っ!!」


 声が出ない。身体中にあたしの悲鳴が轟いてはいるが、それが音声にならない。

 朱色しゅいろ尾長鳥おながどりが優雅にテーブルの上に舞い降りた。


「大丈夫だよ、夕愛ちゃん。僕は煉……って、あああマズい! フライパン忘れてた、己龍くーーーーん!」


 慌てふためく鳥をよく見ると、全身が炎に包まれてゆらゆらと陽炎が立っているではないか!

 そこに、いつの間にかリビングから姿を消していた己龍くんがキッチンの方からフライパンを手にして現れた。


「ちゃんと持ってきたよ。なんでそうアンタも虎汰も後先考えないんだ」


 己龍くんがテーブルの上に鍋敷きを置きフライパンを乗せると、すぐさまその上に燃える小鳥が降り立つ。

 膝の上には丸い耳のフカフカ子猫、テーブルにはフライパンに入った燃える小鳥。

 それらを順に呆然と眺め、あたしの視線は自然と最後のひとりに行きあたる。


「白猫……焼けてるニワトリ……。みなさんがイリュージョニストだったなんて……」

「手品で片付けんな。それによく見ろ、そんな猫がいるか? 虎汰は白虎びゃっこだから虎だ。煉さんは焼き鳥じゃねぇ、朱雀すざく

「ああ……なんか違うと思ったら、そっか。コレ子供の虎だぁ……かわいーい。で、煉さんは焼き鳥のスザク。って鶏のどの部分なんだろ……あははははははは」

「ぼんじりみたいに言ってんじゃねぇよ。朱雀ってのは」


 すると外野の子虎と焼き鳥が騒ぎ出した。


「いいから己龍も早くー!」

「そうですよ己龍くん。いっぺんに説明しないと面倒でしょ、早く!」

「ああもう、うるせぇな! わかってるよ!」


 次の瞬間、イケメン黄金比の顔がスッと消え失せる。そしてやっぱり床に、彼がたった今着ていたカットソーとジーンズがバサッと落ちる。


 ……でもこれまでのように、おかしな生き物は現れない。


「え、己龍くん……どこ!? 右? 左!? そうか、後ろから現れるのかーー!!」


 まんまと認識を手品で片付けているあたしは、周囲をキョロキョロと見回した。けれど、どこにもそれらしい生き物は見当たらない。


「お前もやかましい女だな。……ここだ」


 床に重なった己龍くんのジーンズがもぞもぞと動いて……ニョロッと現れたのは。


「――っ!? いやぁぁぁあ! ヘビーーーー!」

「おいコラ……! 蛇にこんな立派な手足とウロコがあるか。よく見ろ、俺は龍。四神しじんの一角、青龍せいりゅうだ」


 服の陰から静かに、だが猛然と怒りのオーラを放つのは、蒼碧の鱗で覆われたウネウネ長い身体に鋭い爪の手足がついた生き物。

 頭には二本の角、面長な獅子舞のような顔から長いヒゲが垂れている。


「……龍? ……って、ちっさい……」

「別に大きさは変えられるぞ。でもこんなウチん中でデカくなっても邪魔だろうが」

「はあ……」


 気づけばしっかり抱っこしてしまっているフカフカの子虎、フライパンに入った炎を纏う朱い鳥、そして足元でとぐろを巻く蒼いチビ龍。


「…………はい。スゴイですー」


 度肝を抜かれたのは確かなので、とりあえずパフパフと拍手をしてみる。

 すると腕の中の子虎が伸び上って、あたしのほっぺたを前足でフニュフニュ叩いた。


「ゆーあ、違ーう。手品じゃないってば。コレはホントにボク、虎汰だよー!」

「手品じゃないなら、あなた方はいったい何なのでしょう……?」

「んー? だからぁ、ボクには四神の白虎が宿ってるの」

「いや夕愛ちゃん、キチンと説明させてもらうよ」


 フライパンの上で煉さんが威風堂々、ファサッと羽を広げる。


「四神っていうのは古来から存在する四体の霊獣なんだけど、なぜ僕らがその姿を顕現できるか……まあ、端的に言うと」

「めんどくせぇな、ただの体質だよ」

「体質なのっ!?」


 端的すぎるチビ青龍に思わずツッコんでしまったが、三人(体?)はウンウンとその意見にうなずいている。


「僕らの神宮司家や己龍くんの御社家なんかは、代々四神を宿す子が良く生まれる家系なんだよ。世間には知られてないけど、全国に宿主は四種が7人ずつ、最多で28人存在する」

「そんなにいるの!? こんなのが?」

「こんなのとか言うんじゃねぇ。別に霊獣に変化へんげ出来るだけで、ごく普通の人間だからな」


 いや、それが普通じゃないんだってば。

 てかこの話、信じるしかないの? 今にもテレビ局の人とかがふざけたプレートを掲げて現れるんじゃ……!


 まだイリュージョン説にしがみつくあたしの心を見透かしたように、煉さんが鳥首をカクッと90度に曲げて訝し気に見つめる。


「まあ、何も聞いてないなら無理もないが。でも夕愛ちゃん、君の体質をフォローできるのは四神を宿した僕らだけなんだよ」

「は? あたしの体質?」


 ドキッと心臓が口から飛び出しそうになった。


(あ、あたしの体質って……フラれ体質の事!? まさかお父さん、そんな事までこの人たちにペラペラと!)

「そうだよ。君は四神の宿主ではないが、やっかいな体質の持ち主だ。後ろのタペストリーを見てごらん」


 言われるまま振り返ると、リビングの壁にオリエンタルな雰囲気を醸す美しい織物が飾られていた。

 その絵柄は龍と虎、燃える尾長鳥、そしてもう一つ亀のような生き物が鮮やかな糸で表現されている。


「あ……、もしかしてこれ、本物の四神の絵?」

「逆だよ、ボクたちの方が本物。四神をちょっと芸術的に描いたのがこれなの」


 それは本当に美しいタペストリー。

 それぞれが今にも動き出しそうな躍動感に溢れ、まさに霊獣と呼ぶに相応しい風情で四隅に居る。

 そしてその中央に、透き通る羽衣を纏ったなよやかな女性の姿が。


「その絵織物はね。僕らの霊獣とこの世の摂理を表した物なんだ。東は青龍、南は朱雀、西は白虎、北は玄武……と、それぞれを司り、互いに影響しあってバランスを保っている」

「この真ん中の女の人は……?」


 なぜか引き寄せられるようにそれに見入ってしまう。煉さんの説明は耳を通り過ぎるだけ。


「下に呼び名が刺繍してあるよ。読めるかい?」


 言われて目を凝らすと、他の霊獣と同じように傍に名を示す文字があった。


「きゅうてんげんにょ、むすめむすめ(九天玄女娘娘)……?」

「そうそう。ジゥティェン シュェンニュ ニィァンニィァン」

「全然発音が違いますけど!?」

「ははは。みんなはキュウテンゲンニョニャンニャンって呼んでるよ。綺麗だろう?」

「…………はい」


 本当に綺麗。

 猛々しい四神の中央に在って、彼女だけが優麗。たなびく長い黒髪と羽衣、刺繍なのにその慈愛に満ちた表情までもが見て取れる。


「この女の人も霊獣なんですか?」

「いや、九天玄女娘娘キュウテンゲンヨニャンニャン房中術ぼうちゅうじゅつを司る仙女だよ。四神と彼女、五つが揃って初めてこの世の万物が均衡を保って循環する……ってことだ」


 なんだか難しいけれど、どれが欠けてもダメなんだって事は理屈抜きでわかる。とても不思議で優しい気分だ。


「その娘娘ニャンニャンがね、君」

「ああ……そうなんですね。このにゃんにゃんがあたし……」


 ほんわかしてた気分に、何やらサアッと霞が掛かる。


「……は?」


 脳みそに沁みてこない煉さんの言葉に、あたしはそろそろと振り返った。


「だから、夕愛ちゃんは九天玄女娘娘キュウテンゲンニョニャンニャンの霊力を現代に顕現する宿り子なんだ」


 ナニイッテンノ、コノヤキトリ。


「いえいえ。あたしはみなさんみたいに変身とかできないしー」

「夕愛、ヘンな顔になってるー♪ 変身はしないけど、にゃんにゃんの霊力が宿ってるから房中術が使えるんだってよー」


 防虫ジュツ? ムシキライダカラ、ソノチカラハアリカ?


「へえぇ、それはいいかもですー」

「コイツ……今絶対、虫よけの術とか考えてるぞ」


 スルドイネ! チビリュウクン!? 


「夕愛ちゃん、そうじゃない。房中術というのは古代から続く養生術の一つなんだよ」


 ヨウジョウ? って?


「古代神話では、玄女娘娘は黄帝こうていに房中術を授け、心身ともに健やかに充実した彼は名君となり、国を平定に導いたと伝えられているんだ」


 それはすごい。

 にゃんにゃんが偉い人にボウチュウ術を教えてあげたら、その人は心も身体も超元気になって国を平和にしました……ってことだもんね。


「つまり、房中術は陰陽和合いんようわごうの道。いわゆる性技せいぎだよ」

「正義……!」


 うわぁ、なんかかっこいい!


「コラ、そのセイギじゃねぇぞ。ボクの顔をお食べ、とはまるっきり違う」

「違うの!?」

「なんで己龍くんは夕愛ちゃんの脳内変換がわかるのかね……」

「煉さんが悪いよー! そんな説明じゃ遠回しすぎてわかんないって。ボクが教える!」


 ぷにぷにの肉球が、あたしの顔をキュッと挟んだ。


「あのね。九天玄女娘娘は、えっちの達人。にゃんにゃんを宿した夕愛もそういう体質ってこと」


 は?


「すんごい房中術で男を満たして、ガンガンヤル気も運気も上げてくれるんだって。つまり夕愛は究極のあげま……ええと、あげガールなんだよ!」

「…………」


 あたしの頭、現在絶賛ショートちぅ……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る