毛とウロコと羽


(なに考えてんの、お父さん! どういうこと!?)


 あたしはトイレにこもって、スマホを耳に押し付けた。とにかくお父さんと話さないとワケがわからない!


『お客様のご希望により、この電話はお繋ぎできません』


 耳に入ったのはそんなアナウンス。

 

(……は?)


 一瞬『かけ間違い?』とは思ったがそんなはずはない。お父さんの着信履歴からコールしたんだから。

 ところが何度かけなおしても『お客様のご希望により……』


(ちゃっ……きょ?)


 父親が娘にまさかの着信拒否!? 大事な一人娘をオトコと同居するように仕向けて、説明もなしにチャッキョ!?


「…………」


 いや、呆然としてる場合じゃない。

 あたしは気持ちを奮い立たせて、今度はメールアプリを開いた。こちらは特にクローズなどされていない。


【お父さん、なんで電話かからないの? 男と同居なんて聞いてないよ、知っててあたしの下宿先に決めたの?】……送信!


 ルームシェアとは違うとお父さんは言っていた。

『れんちゃんの自宅に部屋が余っているそうだから、そこに住まわせてもらうんだ。だから下宿だな』と。

 てっきり、一人暮らしのちょっと寂しい思いをしてるおばさんと一緒に暮らすのだとばかり。


 意外にも送信してすぐに既読がついた。そして返信文が画面に現れる。


【ぐっどらっく】


本気マジ!?)


 ご丁寧に、『ふぁいと』とか言ってる可愛いネコのスタンプまで送って来た。イラッとするのをこらえてもう一度メッセージを送る。


【大事な娘をオトコと同居させていいわけ? 心配じゃないの?】


 ところがそれきり既読は付かなくなってしまった。当然、返信も来ない。


「…………」


 あたしはザワザワする胸を抑え、便器の上に座り込んだ。


(信じらんない。でもあたしが変に意識しすぎてるの……?)


 だってあんなに可愛くてカッコいい二人なんだもん。しかも有名人だもん、ラブミーの己龍くんとここなちゃ……。


(そうだ、ここなちゃんじゃない。あの子は男の子、こたくんって言ってた。……オカマなの?)


 疑問はたくさんあるが、いつまでもこんな所に籠ってたらおかしな想像をされかねない。仕方なくあたしはトイレのドアを開けて廊下に出た。


(とにかくきちんと話を聞いてみよう。もしかしたらあたし、とんでもないラッキーなのかもしれないよ? ……よし、自己暗示OK)


 おどおどとリビングに顔を出すと、キッチンから出てきたれんさんと蜂合わせた。


「あ、夕愛ちゃん。奥のソファにどうぞー。ミーティング始めるよー」


 ふんわりした笑顔が素敵なエプロン姿のれんさんは……やっぱり男。二十代半ばくらいと思われる、これまた綺麗な顔立ちの男性だ。


「ミーティング……ですか?」


 広々としたリビングには大きなソファがL字型に配置され、その真ん中にあるガラス製のローテーブルにれんさんが紅茶を運んでいく。


「あ、夕愛、早くー。こっちおいで、僕の隣っ」

「はしゃぐな虎汰。うるせぇ」


 そこには屈託のない笑顔と、そっけない仏頂面がすでに着席している。言われるまま、あたしはソファに近づいて端っこにチョコンと腰を下ろした。


「よおし、全員揃ったね。じゃあミーティングを始めよう」


 れんさんがイニシアチブをとり、全員がテーブルと紅茶を囲んで向かい合う。


「まずは夕愛ちゃん、我が家へようこそ」

「は、あ、あの、よろしくお願い……」


 しちゃっていいの? ほんとに?


「うん。というわけで、これに目を通してね」


 畳みかけるようにれんさんが、テーブルの上に乗っていた小冊子のひとつをあたしに差し出した。その表紙には。


「楽しい同居生活のしおり……?」


 パラッとめくった1ページ目には、なにやら部屋の見取り図のようなものが描かれている。


「わかりやすいだろう? ゆうべ、夜なべして作ったんだ。我が家の住人の紹介も兼ねてイロイロ書いておいたからね」


 なるほど、確かにわかりやすいシンプルな図。中央に大きな長方形のリビングがあって、その左右に個室らしき空間がいくつか描かれている。

 右側に部屋は二つ。そのうちの一つに【神宮司じんぐうじ れん】と記載され、もう一つは空き部屋らしい。


 そして左側にある三つの部屋にそれぞれ【神宮司じんぐうじ 虎汰こた】【方丈ほうじょう 夕愛ゆあ】【御社みやしろ 己龍きりゅう】と利用者の名前が記されていた。


「この左側の真ん中があたしのお部屋……」


 目を上げて、自分の部屋になる左中央のドアを見た。ちょっとだけワクワクしてしまう正直すぎるあたし。


「そう。君の荷物はみんなその部屋に入れてあるからね。あと、生活の注意事項なんかも書いておいたから見てみて」


 なんだかどんどん話が進んでいく。

 本当に、本当に、いいのだろうか? 自分以外全員オトコの家で、本当に住んで大丈夫なの?


 あたしの思惑をよそに、煉さんと虎汰くんは楽しそうにニコニコ、己龍くんは気の無い無表情でしおりを眺めている。

 見取り図の次のページには、箇条書きでいくつかの注意事項が書いてあった。


【①食事はなるべく全員一緒に摂ること。

 ②お風呂は早い者勝ち。入浴中は表の使用中のプレートをかける。

 ③汚れ物はその日のうちに脱衣所のかごの中へ。

 ④各自、自分の部屋は自分で掃除。 

 ⑤リビングに著しく散らかった毛、ウロコ、羽等は、各自が意識して綺麗にする事。

 ⑥お互いのプライバシーは尊重しましょう。】


「……あの。この⑤番はどういう意味ですか?」


 あたしの疑問符に、煉さんと虎汰くんは驚いたように、己龍くんでさえも少し目を見開いてこちらをじっと見つめてくる。


「どういうって……その通りの意味だけど?」

「髪の毛はわかるんですけど……」


 羽という事は手乗りインコでも飼っているのだろうか。リビングにそういうのは見当たらないけど、それにしてもウロコって?


「ええと……夕愛ちゃん。君、もしかしてお父さんに何も聞いてない?」


 ちょっと呆れた口調で煉さんは言うけれど、この際だからわかってもらおう。


「実はそうなんです。あたし、女の子を預かるんだから当然煉さんは女性だと思ってましたし、その……他にも男子の同居人が居るなんて聞いてなくて。やっぱりそれはどうなのかと……」

「あっははは。やだなぁ夕愛、ボクたちが何かヘンな事するとでも思ってんの?」

「期待すんな、バカ」

「きっ!? そう、じゃないけど……!」


 ケラケラと笑われて、心底呆れたように吐き捨てられて。やっぱりあたしが自意識過剰なの?


「コラコラ君たち、そんな言い方失礼だよ。いいかい夕愛ちゃん。その心配はわからなくもないけど」


 煉さんがヘラッと目を細めてあたしを見つめる。


「君のお父さんは逆に、僕達に夕愛ちゃんを保護してもらうつもりでこっちに寄越したんだよ」

「は?」


 保護って? 東京ジャングルだから?


「ピンとこないよねぇ。うーん……とりあえず一つずつ説明しようか。じゃあ虎汰くんと己龍くん、君たちからどうぞ」


 煉さんが彼らに向かって視線を流した。


「え、もうやってもいいの? ボク早く見せたかったんだー」

「チッ。虎汰だけでいいだろう煉さん。俺は……」

「ダーメ、全員だよ。どうやら何も聞かされてないみたいだからね。実際に見ないとたぶん信じないだろ」


 オトコ三人の会話をキョロキョロ見渡していると、隣の虎汰くんがニコニコ笑顔で近寄って来る。

 なんとなく身体を反らして警戒したのも束の間。


「ゆーあ!」


 なんと彼はいきなり両手を広げて、あたしに飛びついてきた。やっぱり自意識過剰なんかじゃなかった!?


「きゃあぁっ! な……!」


 押し倒されそうな衝撃を受けたその瞬間、目の前の彼が忽然と消え失せた。そして代わりに重みを感じるのはあたしの膝の上。


「え……? ……っ!?」

「やほー、夕愛。ボクここだよー」


 膝の上から伸びあがって、あたしの胸に前足をかける……つぶらな瞳の白い子猫。

 足元には、今まで虎汰くんが来ていたハーフパンツやTシャツが抜け殻のように打ち捨てられていた。



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