新生活スタート…していいのか!?


 ――それからおよそ二時間後。


(ついた……やっとついた。五丁目2-1、ラ・トゥールネオ1番館。コレだ、このマンションだ)


 東京の電車は手ごわかった。路線は多すぎて複雑だし、ちょっと間違えて引き返したくてもホームは……。


(ううん、言っちゃダメ。これをちゃんと覚えて乗りこなさないと、東京ジャングルでは生きていけないんだから)


 いつの間にかまたジャングル扱いになってしまったが、とにかく無事に着いたんだからオールOKだ。


(それにしても、けっこうすごいマンション)


 あたしは息を飲んで、その建物を改めて見上げた。

 それは入り口の床も支柱でさえも白い大理石、入るのに気おくれするほどの高級感ある佇まいで静かに鎮座している。

 元々この辺りはセレブの居住区として全国でも有名な場所。ここに住めるほどのお金持ちがお父さんの知り合いにいたなんて、全然知らなかった。


(ええと……ここの701号室)


 お父さんに貰ったメモを片手に、入り口の自動ドアを通り抜ける。

 するとすぐ先にまた自動ドアがあり、その前にオブジェかと思うような形のオートロックを認証する機械があった。


(いよいよだ。……よし)


 ひとつ深呼吸をしてから7、0、1、と番号を押し、その隣の『CALL』と書かれた呼び出しボタンを押した。


『…………はい』


 ほどなくしてスピーカーから短い応答があり、あたしは認証機械にかじりつくように顔を近づける。


「は、初めまして、方丈夕愛と言います。あの、あたし今日からこちらでお世」


 ピッと電子音がして、奥の自動ドアが勝手に開いた。スピーカーはそれきり沈黙してしまっている。


(入ってこいって事だよね。でもなんかちょっと……)


 そっけないような。

 遠いトコよく来たねとか入っておいでとか、声をかけてくれてもいいのに。


 あたしは開いた自動ドアから中に入り、待機していたエレベーターに乗りながらもう一度手にしたメモをまじまじと見つめた。


(じんぐうじ れんさん。お料理上手で世話好きの、すごく優しい人だってお父さんは言ってたんだけど)


 やがて到着した最上階。迷いようもなく、すぐそばに神宮司という表札を掲げたドアがあり、それ以外は長い壁とガラス張りの窓が続くばかり。


(ここだ。あれこれ考えたって仕方ない。行っちゃえ!)


 思い切ってチャイムをぎゅむーっと力いっぱい押す。すぐに中から人の気配がして……果たしてそのドアはあたしに向かって大きく開け放たれた。


「遅かったねーー! 待ちくたびれちゃったよ。あ、ショッピングしてきたとか?」

「……っ」


 人懐っこい笑顔で出迎えてくれたのは、やけに可愛い顔をしたハーフパンツ姿の男の子。と言ってもあたしより背は高いから、中学生くらい?


(れんさんの息子さんかな。てか、子供がいるなんて聞いてなかったし!)


「まあいいや、とにかく入って」

「え、えと、初めまして。方丈夕愛と……」

「あはは! やだな、初めましてじゃないじゃん」

「へ?」


 玄関先にあたしを引き入れながら、その子がクスッと小さく笑う。


「そうだよね、ちょっと待ってて」


 何を思ったのか、その場にあたしを置き去りにしてパタパタと部屋の奥に入って行ってしまった。

 勝手に上がり込むわけにもいかず、待たされること十数秒。

 ……そして次に現れた彼は。


「――ほら、これならわかる?」

「え……っ、え? ……はぁっ!?」


 頭を押さえて玄関前の廊下を駆け寄って来る姿。

 顔も服装もさっきのままだけれど、いきなり腰の辺りまで伸びた髪はふわっとエアリーなアッシュグレイ。ちょっとイタズラな笑い方も記憶に新しい。


「撮影の時は、いつもこのウィッグを使うんだ」


 まさか……まさか!?


「忘れちゃった? ……ボクはしっかり覚えてるけど」


 イタズラを過ぎた小悪魔のような笑みを浮かべて、彼は自分の唇に人差し指を押し当てた。


「こ……こ、こ、こここ……!」

「――さっきからバタバタうるせぇぞ虎汰こた! なにを……、あぁ?」


 廊下の奥に現れたもう一人の男子が、あたしを怪訝な顔で見つめる。

 今度はジーンズに黒いカットソーというラフな服装ではあるけれど、その背筋が凍りつくほどの美形黄金比顔は紛れもなく。


「ほら、己龍。言った通りだっただろ? やっぱりこの子だったー」

(己龍くん……と、ここなちゃ……こ、こた? ここななこたた……!)

「とにかく中に入りなよ。れんさーーん、夕愛が来たーー!」


 グイッと腕を引っ張られ、フリーズ状態のあたしは神宮司じんぐうじ家の廊下と新生活に思いっきりダイブしたのだった……。




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