夜はただ音もなく

志貴 啓

夜はただ音もなく

月の正体も知らぬまま、

わたしは夜に生きている。


初めて月明かりに影を縫われた時、わたしは心臓が冷たくなるような心地がした。わたしはどこか閉じられた、覆いの中にいるのではないか。そう思ったのを、今でもよく覚えている。


この外は、きっと光に満ちている。


夜とは、天を撫ぜる布のこと。淡く柔く重なり合い、混ざりながら翻る。

星とは、夜に刺さった火矢のこと。きっと誰もが光を求め、夜を破かんと射るのだろう。

月とは、夜に開いた穴のこと。光を示唆し、誘いの風を流し込む。夢を見せようとしているのだろう。

月光とは、月が操る縫い針のこと。畏怖すら感じる美しさで、動かぬ身体に糸を通し、マリオネットにして拐うのだろう。


ああ、拐われる先が夜明けなら。

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夜はただ音もなく 志貴 啓 @shiki0401

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