捜査は無駄の積み重ね
そのあと三時間くらいは佐々木明菜について聞き込みをおこなったのだが、俺たちが満足のいく情報を手に入れることはなかった。音ゲーのイベントは予想をはるかに上回るほど人を集め、途中からは事情聴取なんて満足にできないほど騒がしくなっていた。今ではボタンを叩く音が店内を支配している。
「結局佐々木明菜について新たに分かったことは何もなかったか……。とんだ無駄足だったな」
店内の端っこにある自販機でお茶を二本購入し、直ぐ側にいる妹に手渡しながら言った。
「全てが上手くいくとは最初から思ってなかったよ」玲奈はペットボトルを受け取り、さっそくキャップを開けた。「んん、ふう……。それに、こんなことは今まででにもたくさんあったことだし……」
その声には、悔しさのようなものは含まれていなかった。そばにある椅子に座り、両方の指を組んで親指をくるくる回しながらまっすぐと射るような眼差しをイベント参加者に向けている。
「まだやるのか? 正直これ以上続けても意味がないような気がしてきたけど」
こんな無駄なことはもうやめにして今すぐ別の行動に移るべきだと考えた俺は、こう提案した。
「捜査は無駄の積み重ねの上に成り立っているんだよ」すると妹は指を止め、真剣な顔を俺に向けてきた。「探偵小説のように、犯人はわざわざ煙草の灰を落としたり靴の痕をつけたり自分の血でダイイングメッセージなんて残さないからね。結局は時間と体力を削って地道に証拠を集めるのが一番の近道なの。だから続ける」
妹はきっぱりと言った。
「なら今回の犯人も手がかりを残してくれただろ。メガネケースとか」
「メガネケース一つだけで犯人を特定できたら、世界一の探偵は私になるだろうね」
玲奈はいたずらっぽく笑い、からかうように言ってきた。
「いい? 犯人がメガネケースを盗む機会なんてたくさんあったんだよ。私は帝国高校の全ての時間割を確認したんだけど、事件当日、小笠原さんには教室外の授業があったことがわかったの。彼女はその授業以外なら教室にいてカバンを近くにおいていたんだし、つまりその教室を開けていた時間帯に犯人はメガネケースを盗んだということ。ほとんどの学校の一コマ分は一時間あるよね。ほら、メガネケースだけじゃ犯人を特定することが不可能だよ」
一度口を閉ざした玲奈は、思い出したように「まあ小笠原さんが犯人で、本当にうっかり落としたって可能性もあるけど」と付け足した。
「それじゃあお前は、メガネケースだけしか証拠がないこの現状でまだなにも分かっていないってことか?」
「なにも分かっていないというのは心外だけど」その言葉は怒りが込められているようで特に強調されていた。「まだみんなに納得してもらえる推理を披露することができないとだけ言っておくよ」
それだけ言って、妹は深く考え込むように目を閉じて黙り込んでしまった。
音ゲーイベントはまだ続いている。人に比べて圧倒的に数が少ない筐体の周りには、まだまだイベントが終わらないことを俺たちに伝えるかのように長蛇の列ができていた。
参加者はほとんど男だけだった。その中に、佐々木明菜と関わりを持ちそうなやつなんて片方の指で数え足りるくらいしかいない。性格はトゲトゲしく授業をサボるような怠慢のイメージを持つ彼女と違って、俺の目の前にいる彼らはまんまるで温厚そうな、だけどゲームをする時は計り知れないほどの集中力を発揮するプロ意識の高い奴らな気がする。性格なんてほとんど正反対だ。
なぜ玲奈はこのゲーセンにこだわっているのだろうか。それこそ証拠を集めるなら殺人現場である帝国高校で聞き込みをするべきだと思うし、いくらここにいる奴らが被害者と同じゲームで遊んでいるからって、明菜の人間関係を知っている可能性は低い。普通、ゲームくらいしか関わりのない他人に自分の身の回りのことを話すやつなんかいないだろ。
ただそう思っただけでも、口には出さなかった。未完成の絵を見せない時のように、自分で決めた行動を絶対に変えようとしないのはよく知っている。それに、犯罪の捜査に関しては妹のほうがよく心得ているはずだ。俺がとやかく言っても、結局は長い時間積み上げてきた経験を持つこいつにしかわかりえない新事実もあるに違いないと考えることにした。
「んじゃあ始めるか。次はどーいうやつからせめていく? 目がいかついやつか? 髪を染めているやつか?」
「そうだね」玲奈は一度深呼吸して目を開き、ぎらぎらと瞳を輝かせながら立ち上がった。「被害者と同じ容姿の人間を調べようとするのはいいことだよ。私たちが休憩しているあいだに新しく入ってきたお客さんもいるだろうし、さっそく取り掛かろうか」
二人で気合を入れ直し、熱心に盛り上がっている参加者たちの方へ向かおうとしたところだった。
「あれ、キミは……」
「お、お前は……」
隣の自動販売機でオレンジジュースを購入していたのは、事件の容疑者の一人だった。
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