ゲーセンにて

 そしてきちんと一時間、帝国高校よりもさらに中野区方面へ進んで目的地についた。

 ゲームセンターの中は耳を塞ぎたくなるくらい大きい店内放送のみが響いていた。まだアーケードゲームとかの音はしていない。休日といえどまだ朝の十時だ。開店と同時に席が埋まる二郎系ラーメン屋とは違って人が少ない。


「なあ、さすがに早く来すぎたんじゃないのか……」


 ぐるっと見渡すと、俺たち以外に客は六人しかいなかった。しかもそのうちの四人は奥の方にあるガンダムが戦うゲームで遊んでいて、誰もがやりそうなユーフォーキャッチャーのブースはがらんとしていた。

 ん? ガンダムで遊んでいるあいつら、なんだかやけに騒がしいけどなにがあったんだ……。


「そんなことはないと思うよ」妹の声で、俺の視線は別に移る「ほら見て。きっと私の普段の行いがいい結果だよ。神様ですらこの事件の真相究明を求めているみたい」


 びしっと指差す先には、さっき見たポイントカードにうつっていたピンク髪のキャラクターの全身パネルが置かれてあった。その口先からは、あとからセロハンテープでくっつけたと思われる吹き出しが飛び出ていて、きっと店内用の掲示板として使われているのだろうそこには一枚のチラシが貼ってあった。


「ん……? 『東東京音ゲークラブイベント』……? なんだ、音ゲーって」

「音ゲーというのは主に音楽に合わせてボタンを叩くゲームのことだよ。例えば太鼓の達人とか」

「あー、あれってそう呼ばれてるんだ」

「うん。音楽ゲームを略した言葉らしいよ。私は一回もやったことないけど」


 丁寧に説明してくれる玲奈と同じく、俺も友だちがやっているのを見るだけで実際にプレイしたことはなかった。

 理由としては、そもそも百円をゲームに使いたくないというのを除いて他にも、あの横から流れてくる赤いやつとか青いやつとか黄色いやつに合わせて叩くことの何が楽しいんだか全然わからないってのがある。どちらかというと格闘ゲームのほうがシンプルで好きだ。

 まあでも、上手いやつを後ろから見学するのは楽しめる。俺じゃ早すぎて目で追えないスピードを、目隠しした状態でフルコンボする正真正銘の達人もいるしな。


「それで、その音ゲーのイベントがどうかしたのか? どう考えても事件と関連性がないような気もするが……」


 とはいえ今日はゲーセンに遊びに来たわけではない。

 そう聞くと、隣にいる玲奈はじーっと上目で俺を睨んできた。


「ポイントカードをきちんと見た? 説明文の中にはっきりと音ゲーのみって言葉が書かれてあったんだけど」

「え……、ええっと……」


 妹にダメ出しされた俺は、もう一度渡されたコピー用紙を見る。カードの右下の隅にある、三行くらいの小さな文字列にはたしかにそう書かれてあった。


「で、でもさ、普通こんな小さな文字見ないだろ。気付くやつのほうが少ないと思うぞ」


 情けなく言い訳する。


「そんなことないよ」しかし即答された。「現に私はこういうところもきちんと読んでいるから今回も見逃さなかったんだし」

「きっとそれは一般人と探偵の違いだ。ほら、観察眼がどうたらって」

「ただめんどくさがりかどうかなだけでしょ」馬鹿らしいといったような目で玲奈は言った。「兄さんって絶対利用規約とか読まずに登録するタイプだよね」


 ぎくりと、妹の言ったことが見事に当てはまって身体が震える。


「だってさ、あれってだいたいどこも同じこと書いてるし見なくてもいいのかなあって思うじゃん……」

「そう思うのは困るよ。一字一句丁寧に読めとは言わないけど、せめて全体に目を通すくらいは心がけてほしいな。柴倉家の未来のために」

「そんな大げさな……」

「なにかが起きてからじゃ遅いんでしょ? おととい私が殺人現場に向かおうとした時、兄さんはこう言って止めたよね」

「い、いやあ……」


 もはや手も足も出ないとはこのことだろう。俺は素直に妹の注意を受け入れて、今度からは利用規約をきちんと読むと心の中で言った。


「それで」その宣言があたかも聞こえているかのように、玲奈は元の話へ戻す。「この音楽ゲームイベントが今日ここで開催されるということは、それで遊ぶ佐々木さんのことを知る人も多く集まるに違いないってこと。だからさっき運がいいって言ったんだよ」

「なるほど」俺は頷く。「てことはそのぶん聞き込みの相手も増えるってことだよな。たしかにそれなら、早い時間から来るやつらを順につぶしておかないと後々さばけなくなりそうだ」

「まさしくそのとおり」


 玲奈も頷き、そしてポケットから手帳を取り出した。この前使っていたやつじゃなくて新品の手帳だ。同じデザインのようて表紙が赤いのは変わっていなかった。


「それじゃあ早速取り掛かろう。ほら、ちらほら人が入ってきたよ」

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