第三章考察編Ⅱ

妹の私服

 それから二日後の朝。九時に起床して驚きのあまり口が塞がらなくなった理由は、平成の次の元号が決まったわけでもお天気キャスターの実琴ちゃんがイケメン芸能人と電撃結婚したというニュースを見たからでもなかった。


「おはよう兄さん」


 そう優雅にティーカップを机に置く玲奈の格好は、いくら今日が土曜日で制服を着る必要がないからといっても、これから原宿に買い物にでも行くのかと思うほど気合が入っていた。


「おい、なんだそのやる気に満ちた格好は……」


 半分口を開けたまま発音がおかしい声で聞く。


「え……、どこか変……?」


 すると玲奈は立ち上がり、ちょっとだけ恥ずかしそうな苦い顔をして服装を見せつけてきた。

 妹は、真ん中に英語の文字がプリントされている子供っぽい黒い服を着て、その下には赤色の混ざったチェック柄のスカートを膝が見えるくらいまであげていた。首にはイカしたタトゥーチョーカーをつけて、薄ピンクの唇など顔にはほのかに化粧をしたような形跡が見える。傍らに置かれた無地のキャップを深くかぶれば、いかにもファッション雑誌に載っていそうなオシャレ中学生のできあがりだ。

 ファッションについて全く知識のない俺でも、この格好にはセンスがあるものだと見受けられた。たしかにこんな服装の女子中高生を東京の駅近くで目にするし、そういうやつはだいたい可愛らしいやつだ。

 しかし俺と同じで服のことなんか一切興味がないと思っていた玲奈が、まさかこんな個性的で可愛らしい服を持っているとは思わなかった。基本制服で過ごす大人っぽいガリ勉中学生は、いまや大きな女子グループの中心メンバーにいそうな派手目の女の子に変わっていた。


「いや変じゃないけどさ……、お前ってそんな服持ってたっけ?」

「これは、このまえ香澄ちゃんと一緒に渋谷へ行った時に買ったの。あまり服について知らなかったから全部お任せしたんだけど……」


 きょとんとした顔で、玲奈はくるりと回る勢いで身体を左右に動かす。

 あれ、こいつ香水までつけてやがるぞ……。


「似合ってないかな……?」

「あ、いや、似合ってます……」


 まっすぐ向けられた純真無垢な視線におされ、なぜか敬語で答える。まさか似合っているかどうかなんて聞かれると思わなかったから、意表をつかれつい本心を言ってしまった。

 それに香澄がこの服を揃えたのなら納得だ。あいつ服のセンスいいもんな。パンチは痛いけど。


「そう。ならよかった」


 妹は真顔のまま、置いてあった帽子をかぶる。

 うわ、まじで印象変わる……。

 いつもツインテールで結ぶ髪も、今日はストレートにおろしている。なんだか別人を見ているようだ。


「それで、その格好でどこに行くんだ? てっきり今日も晋三さんの捜査についていくかと思ったけど……、閉成中の制服じゃないってことは誰かと遊ぶ約束でもしてるのか?」

「まさか」玲奈の言葉は、そんなわけないでしょと否定的な言い方だった。「犯人探しに決まってるよ。解決するまで遊んでる暇があると思う?」

「じゃあなんで普通の服を着てるんだよ。制服を着るのは事情聴取でなめられないようにするためなんだろ?」

「まあ、そうだけど……。今から行く場所は学校と違ってそんな堅苦しい場所でもないからね。それを配慮するならこっちの服のほうが適切だと思ったの」

「……それじゃあいったいどこに行くんだ?」

「帝国高校の近くにあるゲームセンターだよ」


 スクールバックからなにかを取り出した玲奈は、それを俺に見せつけてきた。


「なんだこれ?」

「佐々木さんの財布の中にはこのポイントカードが入っていたの。ゲームセンターのね。それで、スタンプの数を見る限り常連のようだからもしかしたらなにか見つかるかもしれないと思ったってこと」


 ポイントカードをコピー印刷した用紙をよく見る。たしかにスタンプの数は十を余裕で超えていた。だが、いったいなんのポイントなのだろうか……。

 しかしなるほど。向かう先がゲーセンだからそれっぽい服を着たということか。休日なのに制服を着てる女の子がいたら目立つもんな。


「いつもは一人で行動していたんだけど、もちろん兄さんもついてきてくれるよね。助手として」

「当たり前だ」


 俺は即答する。

 なんたってこれから玲奈は一人で行動するつもりだったということだろ。それなら余計、こいつを見張っておかないといけなくなる。しかもゲーセンってガラの悪い奴らも多いしなおさらだ。


「それじゃあ行きましょう。開店まであと一時間はあるけど、ゆっくり歩いて行けばそのくらいで到着するよ」


 俺は急いで着替えを済まし、既に靴を履いて準備万端な玲奈の後に続いた。

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