武藤紗佳
最後に入ってきた女子生徒は、前の二人と違ってずいぶんと落ち着いた動きで椅子に座った。背筋をきちんと伸ばしながら俺たちを順に見つめてくる。身長はたいして高くないのだが気の強そうな雰囲気が彼女を大きく見せているような気がした。
彼女の名前は武藤紗佳といった。隣の部屋で彼女の尋問を待つ河野さんとは中学の頃からの親友らしい。同じバスケットボール部で家もすぐ近くに住んでいるそうだ。
晋三さんが本格的な尋問を始めようとする前、やっぱり彼女も俺と玲奈がいることをツッコんできた。
「その制服って閉成中学のだよね。頭のいいお嬢ちゃんたちは警察の手伝いもやらされるんだ」
取調室で自分よりも年下を見つけた紗佳の口調は、とても挑発的だった。
「私だけしかできませんよ」
しかし玲奈がそっけなく答えると、彼女は小さく舌打ちして前を向いた。晋三さんは一つ咳払いしてボールペンを握り直した。
「武藤さんは、二人が遺体を発見した時にこの学校の校門前にいたそうですが、それは本当ですか」
「そうです。放課後に学校の中に入るのも嫌だったし、どーせ数分したら戻ってくると思って待っていました」
「河野さんはお弁当箱を忘れていたと言っていましたが、なぜ武藤さんも学校まで同行したのですか? もう遅い時間だというのに」
「私も歩美の家にいたんです。それであの子が弁当を忘れたって気づいて取りに行くと言い出しました。私も暇だったのでそのままついていくことにしました」
「では部活が終わった後はずっと河野さんと一緒にいたのですね?」
「えっと、まあずっとあの子のことは見ていたんですけど、一緒だったわけでは……」
「どういうことです?」
「歩美には私がこのことを言ってたと伝えないでほしいんですけど、あの子、今日の放課後先輩に告白したんですよ。見て分かるように内気な子なんで、上手くいくかどうか見守っていました」
「は、はあ……」
「結果は成功でしたよ。その後はもう歩美と一緒に家で盛り上がりました。あの子、私が隠れて見てたのも知らずに全て話してくれました。とても幸せそうだったのに、まさかこんな事件に巻き込まれるとは思いもしませんでした」
「ということは武藤さんも河野さんも部活が終わってから忘れ物を取りに来るまで学校にはいなかったと」
「はい。これは先輩に聞けばわかります。樋口先輩なんですけど、男子バスケットボール部の人です。彼は私が後ろにいた事に気づいていたらしいんですよね」
彼女は自信をもって答えた。
「佐々木さんは敵をよく作ると聞きましたが」
「はい。明菜さんは味方より敵のほうが多い人です。それはもう生徒から教師までたくさんいます」
「教師もいるのですか?」
玲奈が横からさりげなく尋ねた。
「うん。まあここの教師はほとんど先輩のこと嫌ってるよ。特に由紀恵先生とは犬猿の仲って感じかな。由紀恵先生は教師として注意しているんだけど、先輩はタメ口ばかりだから」
紗佳の口調が、友達に対しての喋り方になる。
「この前も喧嘩していたよ。バスケ部の試合終わりにここの部室で。まあ喧嘩するなんてあの二人にはよくあるんだけど、あの時はすごかった。『どんくさいあいつが悪い』とか『私は絶対に謝らない』とか『もう終わったんだからどうでもいいことでしょ』とか中から聞こえてきたんだよね」
「その喧嘩はなにが原因だったのです?」と玲奈。
「練習試合の内容について。明菜さんが強引なプレーをしたせいで怪我しちゃった子がいたの。それで由紀恵先生が怒って……。あの時は部室が使えなくなって本当に困ったんだよね。私物を置いてたし」
「それで、その後に佐々木さんの部活に対する態度は変わりました?」
「ううん。もともと先生の言うことなんて聞かない人だからなにも変わってないよ」
「そうですか……、他にも二人が対立したときの内容を覚えていますか?」
「ないかな。そもそもあの二人に部活以外で接点あるのかって感じ」
「では佐々木さんが他の教師と言い争いになっているところを見たことは?」
「まずあの人の担任の平井先生じゃん。それから三年生の生活指導担当の畠山先生……、とかが有名かな」
「わかりました。ありがとうございます」玲奈は思い出したように。「あ、そう言えば部室の照明が壊れたときにスコアボードを移動していた人は誰かご存知ですか?」
「ああ……」武藤さんはバツが悪そうな顔になって。「あれ運んだのは私と広瀬と後輩の菊池ちゃんなんだよね。全く気づかなくてさ……」と目を逸らしながら言った。
「そうですか。ありがとうございます」
終わったと告げるように、玲奈は晋三さんのほうを向いた。
「それで、バスケ部にはよく知らない男が来ていたそうですが」
晋三さんが取り調べを引き継ぐ。
「来てますよ。けど誰だか知りません」
「その人はなにをしに来るのかわかりますか?」
「さあ……。すぐに明菜先輩と帰るのでわかりません。たまに追い返される時もありますけど」
紗佳は頬を吊り上げて笑った。
「佐々木さんはその人についてなにか言っていましたか?」
「なにも言ってないですね。聞こうとも思いませんでしたし」
「そうですか……。メガネケースのことについては?」
「知りません。私はコンタクトをしてるんですけど眼鏡をするほど弱くないので、部活が終わったら外して裸眼のまま過ごしてます」
「指輪について知っていますか?」
「ああ。あれは多分彼氏とおそろいのやつですよ。たまに自慢してくるんでよく知っています。直哉先輩、本当は綾先輩の彼氏なのにね……」
「そのようですね。武藤さんは、佐々木さんが遠藤綾さんと喧嘩したことについて知っていますか?」
「喧嘩? ……ああ、あれか。でもあれは確実に明菜先輩が悪いですよ。綾先輩、あの時明菜先輩に『殺してやる』て言ってたけど気持ちは分かります。私だって好きな男を取られたら許せない。それこそ殺したくなるかもしれません。いや、なったらの話ですからね。私は殺してませんよ。そもそも動機がないし」
「ということは、遠藤さんなら佐々木さんを殺す動機は充分だということですか?」
「充分すぎるくらいです。私としてはよく二ヶ月も我慢できたなって思います」
紗佳は、すでに遠藤綾という女子生徒が犯人である決めつけているような話し方だった。
その後も佐々木明菜の非行エピソードがぽんぽん紗佳の口から出てきた。その中にはとても許されないだろう内容も混ざっていた。例えば、彼女は万引きや痴漢を利用して金を稼いでいたことがあるそうだ。それで大人からも恨まれて、警察沙汰になったことも少なくないらしい。
第一発見者の二人よりも長い時間、紗佳の取り調べが続いた。そして途中からただの明菜に対する愚痴に変わり、そのあたりで事情聴取は終わった。
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