報告書・小笠原麻衣

 バスに乗っている間、俺は晋三さんから送られた報告書をじっくりと読んでいた。

 その内容というのは次のものだ。

 まず専門の人間によって佐々木明菜の死亡推定時刻が判明された。使い捨てカイロにより所々腐敗が進んだ箇所も見られたが、カイロが仕込まれていなかった部分などを年密に検査した結果、彼女は十七時から二十時の間に殺害されたとわかった。そして前日の取り調べにより最低でも二人以上の人間が十八時十分まで彼女が生きていたことについて証言しているので、佐々木明菜が殺された時刻は十八時十分から二十時の間という結論が今朝になって決定された。

 そしてこの事件の重要な鍵となるメガネケースの持ち主について、警察は今日の昼頃に判明させたようだ。なんでも生徒たちに殺人現場でメガネケースが落ちていたことを伝えず職員室の前の落とし物箱に入れておいたら、餌におびき寄せられた魚のようにその持ち主が教師のもとへ取りに行き、そのまま警察に報告されたらしい。

 晋三さんたち警察はすぐに帝国高校へ向かって、メガネケースの持ち主である小笠原麻衣という女子生徒から話を伺おうとした。しかし帝国高校の学園長が『授業が終わるまで待て』と警察の介入を阻止して放課後まで待たされたと書いてある。おそらく玲奈への報告が遅かった理由はそれだろう。

 それで放課後になり取り調べを行なうと様々な情報を引き出すことができた。まず彼女について簡単に説明すると、小笠原麻衣は帝国高校の生徒会長である。部活動には所属しておらず、ひとり暮らしで彼女の実家は山梨県にあるそうだ。

 メガネケースについては放課後になって紛失したことに気がついたらしく、最後に見たのは朝のホームルームが始まる前に読書用の眼鏡をしまった時だと言っている。なぜ女子バスケットボール部の部室にあったのかは彼女自身にも覚えがない。カバンはいつも机のすぐ近くに置いてあるから、授業で別教室に行っていた間に盗まれたのだと言っている。

 彼女の十八時十分ころから二十時までの行動は、まず十六時から十九時三十分まで生徒会の活動があり、その後は、なにもせず学校に残る生徒たちに帰るよう呼びかけを十分ほどして、十九時四十分からは友人と一緒に自宅へ帰ったそうだ。

 一聞すると彼女のアリバイはあるように思われたが、取り調べを進めるにつれて面白いことがわかったと書かれてある。彼女は死亡推定時刻の間で二回も一人になる瞬間があった。一つ目は十八時四十五分から十九時五分の間で、本人は忘れ物を教室に取りに行きそのままトイレに行ったと供述している。そしてもう一つ、呼びかけの最中はずっと一人で行動していたということだ。しかも体育館やグラウンド方面に向かっていたと話した。

 しかしそこで事件を難解にさせる証言があった。彼女が体育館の近くを通りかかろうとした時、体育館の入り口から全く知らない男が飛び出してきたそうだ。髪は金髪でピアスをしているところからここの生徒でないことが彼女にわかり、注意するため後を追った。すると、曲がり角を曲がった瞬間に女子生徒と衝突してしまい男の行方はわからなくなったと言っている。その後はその女子生徒と一緒に校門前に向かい先ほど報告したように友人と帰宅したらしい。これについては只今確認を取っている。

 被害者との関係は、生徒会長である小笠原麻衣が一方的に佐々木明菜について知っているだけだと言っている。どの証言と同じように佐々木明菜は悪い噂しかたっていなかったので悪評だけである。彼女が同じ山梨県出身だったということは態度から見て本当に知らなかったと思われる。女子バスケットボール部の生徒全員とも関わりがないようだ。

 メガネケースの持ち主についてはここまで書かれていた。

 そして報告書にはもう一つ興味が沸く内容が記載されていた。それは、玲奈が現場検証で指摘した携帯電話の中身を見てみると、佐々木明菜は十八時五十分ころまで生きていたということがメッセージ履歴から判明したらしい。

 その中には例の遠藤綾との会話履歴もあり、なんと佐々木明菜は遠藤綾に部室へ来るよう催促するメッセージを送っていたようだ。しかも、小笠原麻衣がぶつかったと言った女子生徒というのが遠藤綾だということも判明した。今すぐ遠藤綾と、そして佐々木明菜と秘密に付き合っているという高橋直哉を呼び出して取り調べを行なう必要があると警察は考えているそうだ。

 最後の文には『至急帝国高校へ来てほしい』と書かれていた。


「どうだった?」


 読み終えると同時に玲奈が声をかけてきた。


「情報が多すぎてなにもわからないよ」俺は大げさに頭を振って答えた。「けどまあ、メガネケースの持ち主は小笠原麻衣という名前の女子生徒であったことと、その彼女には殺害できる機会がなかったということだけは分かった気がする」


 十分くらいかけて読んだ報告書の感想はこれだ。

 すると、隣の席に座る玲奈は難しそうな顔をこちらに向けて。


「そう。この事件が複雑になった理由だけはきちんと読み取れたようだね」と皮肉まじりに言った。「まだ小笠原麻衣さんの証言が全て真実かどうか定かではないけど、後半のほうはおそらく本当のことだと思うよ。兄さんが報告書を読んでいる間に平岡警部からもう一つの報告書が届いてね、生徒会の生徒たちも金髪の男が焦ったような顔で校門から出ていったのを見たと言っている。それと、小笠原さんと一緒に帰ったらしい友人に確認してみたら、その日の放課後の時間帯に、通学路にあるカフェで彼女たちが撮ったとみられる写真がスマホの中から出てきたそうだよ。距離からして彼女が二十時ころまでに学校へ戻れることは不可能だって。

 前半の忘れ物を取りに教室へ戻ったというのは面倒なことになったね。それを確かめるには十八時四十五分から十九時五分のあいだ彼女を教室で目撃した人がいるか全校生徒に聞いて回るしかなさそうだよ。とても骨の折れる作業だろうからそういうのは警察に任せよっか」


 妹がいたずらに笑顔を見せると、窓ガラスから帝国高校の校舎が見えてきたことに気がついたらしく、指を指して教えてくれた。


「そろそろ着くよ。やっぱり人から話を聞く時はきちんと目を見て聞くべきだよ」

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