犯人の人物像
「それで、玲奈」
俺は、今すぐにでもこの事件の犯人をはっきりさせたいという欲求を満たすため、妹の名前を呼んだ。
玲奈は綾と別れた後、ぞろぞろ集まる参加者の間をなぜか避けながら出口まで向かった。あれほどゲーセンで捜査を続けることに固執していた妹の後ろをついていった俺は、前の綾との会話によって非常に満足した情報を手に入れたから撤収したのだと思ったのだ。
「もう帰るってことはさっきの遠藤との会話でなにかわかったということだろ。いったいなにがわかったんだ?」
しかし、期待に胸を膨らませた俺の問いに答えが返ってくることはなかった。隣にいる妹はこちらを見向きもせず無視をして、代わりにいつもの無表情のまま独り言のようにこう言った。
「私が未完成の絵を見せないのは兄さんもよく知ってるよね。それは単純に途中の経過なんか見せても双方ともに得がないからだよ。見る側は作品の最大限の魅力を知る前にネタバラシをさせられるし、それによって真の完成品への感激を損なわせるなんて見せる側にとったら馬鹿げているとしか思えないでしょ。これは今の質問に答えない理由にも当てはまっていて、私は兄さんをあっと驚かせる推理、つまり完璧な真実を完成させない限り口にはしたくないの」
「じゃあなおさら俺の中で和田克幸が犯人である可能性が高くなったな」そっちがその気ならと、俺は自信満々な態度で逆攻勢を返した。「遠藤との会話で手に入れた情報といったら和田が佐々木明菜を憎む理由が他にあったってくらいだし、そのあと誰にも聞き込みをしないでゲーセンを出たってことは、あの会話に満足する情報があったからだろ」
歩きながら言い終え、次に玲奈がどんな返事をしてくるのか期待してちらっと隣を向いていみる。
すると、さっきまで一緒に並んで歩いていた妹がいなくなっていた。
「あ、あれえ?」
そんな気の抜けた声を出しながら後ろを振り向くと、玲奈は二メートル後ろで立ち止まったまま小さな目を白黒させ、口をちょっぴり控えめに開けていた。
「お、驚いたよ……」
少し沈黙が続いた後、玲奈の口から出てきたこの言葉は低くゆっくりなものだった。
「今のは説得力のある考え方だったよ兄さん。たしかに重要な情報を手に入れていないのなら捜査をやめる理由なんてないからね。うん、今のは本当にお見事だった……」
「そ、そおかぁ~……」
感心したような妹の真っ直ぐな言い方に、俺は照れを隠せずついにやけてしまう。お世辞かもしれないが、それでも探偵から推理を褒められるのは悪いことではない。
「だけど残念なことに、兄さんは間違った前提で話を進めているようだね。和田さんの過去話の他に、遠藤さんの言葉の中にはとても重要な事実が紛れていたんだよ」
素直に喜んでいると、玲奈は賞賛の言葉を送るような言い方で反論してきた。
「え……、ええっ……?」
今度は俺がびっくりする番だった。妹よりも大きな声をだし、おろおろと目線が左右に動く。
その驚きっぷりが滑稽で面白かったのか、玲奈はクスリとにやけながらつづけた。
「このままだと兄さんの頭がパンクしそうだから、特別に一つだけヒントをあげる。遠藤さんとの会話のことではないけど、これは兄さんが犯人を特定するために大きな助けになってくれると思うよ」すでに犯人が分かっているかのように玲奈は言う。「この事件の犯人は、極めて知的な人物に違いないよ。そして、この殺人を成し遂げるために何日もの時間をかけて念入りに計画をたてるほどの用意周到さを持ち合わせ、勝負事に勝つことがなによりも大好きな、プライドの高い完璧主義な人間なんだ」
このときには既に、大きなゴム風船がドカンと割れたかのような強い衝撃が脳の中で起こり、俺の頭の中は真っ白の更地のようになっていた。
つかつかと歩きだす玲奈についてきながら、俺はただ黙って妹の主張を聞く。
「この殺人事件が起きた時、平岡警部も志村巡査部長もありふれた普通の殺人事件だと言っていた。遺体のそばに置いてあった証拠品、遺体から抜き取られた証拠品、そこから導き出された容疑者、たしかにミステリー小説の題材にすらならないような平々凡々たる要素しかなかったからだろうね。だけど私はそんな表面的な一部分を見ただけでも、この事件は単なる殺人ではなく、とても異質で狂気的なものであるとわかった。どの要素も、素人がその場で考えたにしては出来上がりすぎていた。まさに、いかにもこれは普通の殺人事件ですよと犯人が事前に計画を立て、私たちを欺くために構成したとしか考えられなかったんだ」
玲奈は一度ここで言葉を切って、横断歩道を渡るために左右を見た。車は止まることなく俺たちの前を横切っている。
「学校には女子バスケットボール部の他にも部活があるんだし、あの日も体育館には生徒たちがいたはず。だから、もしかしたら別の誰かが部室に入ってくるかもしれないという恐怖があるにもかかわらず、犯人はわざわざ指輪を盗み、新品のホッカイロを大量に詰め込み、四十五キログラムはある佐々木さんの遺体をパイプ椅子の上に座らせた。これは、この事件がきちんと計画されたために起きたものであることを物語っている。聞くところによると、事件当日は一ヶ月の中で唯一、女子バスケットボール部と男子バスケットボール部の二つしか活動をしなかった日であり、さらに週に一度の居残り勉強会の日と被っていたらしい。たまたまにしては偶然が重なりすぎだ。だから、犯人は部室の中に長時間いても安心して作業できるようこの日を選んだ可能性が大いにあると見ていいよね?」
玲奈は、振り向きはしないが頭を少し後ろに傾かせ、わかったかというような仕草をした。
「じゃあなんで犯人は面倒にもこんなことをしたのか。それは彼――はたまた彼女――が勝つことを好む完璧主義者であったからに違いないよ。犯行を終えた後、なにも手を加えなければふつう遺体は地面に転がり、死亡推定時刻は正確な値を出し、指輪から重要な証拠が見つかるかもしれなかった。だけど犯人はそうしないで、わざと時間と手間と、物音で気づかれるかもしれないという危険を冒した。それはきっと、被害者と警察に対する完璧な勝利、つまりこの事件の未解決かもしくは自分以外の人間を犯人に仕立てようするための勝負に出たということなんだ。こういうタイプは非常に知的水準が高い傾向にある。特に、ホッカイロを使って死亡推定時刻を狂わせるなんて普通の人間なら考えないと思うよ。偽装の効果があるかなんてわからないし、そもそも死亡推定時刻の計測方法を知らない人のほうが多いくらいだからね。……それにパイプ椅子に遺体を座らせたというのはきっと、殺害現場という一つの作品をきれいに飾り、自分の美意識を他者に知らしめたいという強い承認欲求のようなもがあるんじゃないのかな?」
最後に語尾を下げて、玲奈はようやく演説を終えた。一台、お年寄りのおじいさんが車を止め、横断歩道を渡るように手で合図をしてくれる。
「で、でも……」
ようやく俺は口を開き、会釈をしながら横断歩道を早歩きする玲奈に向かって反論した。
「それは結局、事件に関係のないことだろ。犯人を見つけるのにはなんの役にも立たない情報じゃ――」
「役に立つよ」
俺が言い終わる前に、玲奈に強く言葉を被せられる。反対車線から車が近づいてきたので、俺は走って二車線の道路を渡りきった。
「なんの役立つんだよ」
前を歩く玲奈に追いついて、どうもすっきりしない気分であったため俺は問いただした。妹はちらりとこちらに顔を向けそして、しょうがないなと言いたげなため息を吐いた。
「だって以上のことを考え他の要素と繋がらせると、一番に容疑者から外れるのは和田克幸さんなんだから」
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