和田克幸

 俺たちが山梨県大月市にある鶴工業高校についたのは十八時十分ころのことだった。高速道路で一時間二十分くらい、法定速度ぎりぎりをすっ飛ばしながら晋三さんは無言で運転を続けていた。

 生徒玄関前にいた優しそうなおじいちゃん教師に連れられて俺たちが職員室に入ると、和田克幸は奥にあるソファの上で、教師の視線なんてまったくお構いなしに背もたれに腕を置きながら威勢を張って座っていた。証言通り髪の毛は金色でピアスをしている。常に人を睨んでいそうなギロリとした目が印象的だった。


「あんたが俺を呼んだ警察か」


 眉間をめいいっぱい萎ませて、克幸は俺たちに視線を送ってきた。容姿からして警察官との関わりに慣れていそうな彼は、初対面の晋三さんに臆していないようだった。


「これからダチと一緒に出かけるんだからよ。早く終わらせてくれ」


 彼はソファに寄りかかりながら言った。しかし意外にも取り調べそのものを受け入れてくれるところから、警察への対応については心得ていると思う。事情聴取を早く済ませたいなら素直に言うことを聞くのが一番だと、今までの経験から俺も知っていることだった。


「では初めたいと思います」克幸の申し出に乗った晋三さんは早速要点にはいる。「帝国高校の生徒から事情聴取を進めていると、あなたが体育館から出てきたという証言がありました。その日あなたが女子バスケットボール部の部室に行ったというのは本当ですね?」


 いきなり殺人事件の核心に突かれるような質問を受けて、克幸は目を細めて晋三さんを睨んだ。彼の足はガタガタとうるさく震えだした。


「あー入ったよ。それで?」

「あなたが部室に行った理由を教えてください」


 臆しないのは年上の晋三さんも同じで、彼は事務的な口ぶりで取り調べを続ける。


「別に理由なんてねーよ。俺がよく東京に行くってことくらい、もう取り調べで知ってんだろ」

「いつもは体育館の外で待っているそうですね。なのになぜ部室に?」

「ライン送ったのに返ってこなかったからだ」

「そうですか。他にバスケットボール部の部室に入った日を教えてください」

「さあな。あまり入ったことねーから忘れた」

「では佐々木明菜さんと合流した後、どこに行くのですか?」

「ゲーセンだ。学校なんていたくもねーよ」

「それは一人でいくことも?」

「まあなあそこはおもしれーやつがたくさんいるし」

「そうですか。では部室に入った時、佐々木さんはなにをしていました?」

「……携帯を見てただけだ」

「その画面を見ました?」

「見てねーよ。アプリゲームでもしてたんじゃねーか」

「では部室で、彼女となにを話しました?」

「なんも。別に大したこと喋ってねーよ」

「そうですか。ではあなたと佐々木さんとの関係を教えてください」

「あいつは俺の女だったやつだ」

「だったということは、関係を絶たれたと」

「あたりめーだ。あの女、俺の彼女のくせしてちょーしに乗りすぎてたからな。フッてやったんだよ」

「それはどういうことです?」

「あいつ、べつの男と付き合ってやがったんだ。だからフッてやった。それと、少し罰も与えてやったな」


 彼は不気味にくくくと笑った。それは、思い出した記憶を楽しんでいるようだった。


「なあ、もう終わっていいだろ。こんな意味のないことしてないでさっさと犯人を捕まえてくれって。俺は帰るぞ」

「では聞きますが」晋三さんは克幸の申し出をかき消すように、力を入れて言った。「あなたは部室の中でなにを見たんですか? ある証言には、あなたが怯えたような表情で体育館から出ていき走っていったとありましたが――」


 この質問がとても大きな効果をもたらし、晋三さんの口から放たれた瞬間克幸は急にソファから立ち上がり声を荒げた。


「おい! んなこと誰が言ったんだっ!」


 低いテーブルが揺れ、克幸は晋三さんに顔を近づけた。彼の顔は怒りに溢れていて、今までのわりと冷静に振る舞おうと努力していた態度が崩れ去り、ようやく見た目に合った暴力的な部分が表れる。おそらくだが、威勢を張っていた彼にとって、怯えたという単語が癪に障ったのだろうか。

 克幸は、晋三さんのおでこがくっつきそうになるほどの距離まで詰め寄る。しかし、目の前の警察官は無言のまま口を開かないでいた。


「……、ちっ!」


 二分ほど睨み続けた克幸は、ツバを吐きそうな勢いで舌打ちすると、威勢の張り合いを諦めたように晋三さんとの距離を戻した。


「俺はそんな顔してねーよ。見間違いじゃねーのか」どしんとソファに座り、不貞腐れたような態度で切り出す。「てかもういいだろ。俺は本当になにも見てなかったんだからさ。早く終わらせてくれ」


 わざとらしく大きいため息を吐いて克幸は虫を払うように手を振る。貧乏ゆすりはさらに激しくなっていた。


「ではこれで最後ですが、彼女の指輪についてなにか知っていますか?」

「指輪? なんでその話が出てくるんだよ」

「事件当日、彼女の指から指輪が盗まれていたのです。我々は現在この指輪を盗むかもしれない人物の情報を集めています」


 晋三さんが答えると、急に克幸の顔に緊張感が解けたようにシワが無くなった。そして表情に笑みが表れ、あざけるような態度で警察官と向き合った。


「なら刑事さん、俺は犯人じゃねーぜ」と得意げに言った。

「それはどういうことです?」


 晋三さんも、こいつの証言に興味を示したように熱心な顔で耳を傾ける。


「俺が指輪を盗む意味なんてねーだろ。だから俺が犯人じゃねーってわかるよな?」


 その一言だけで、自分が百パーセント潔白だと確信したように、克幸の口調にはただ無愛想に質問に答えていたときとは違って快活さが出てきていた。

 彼の論法はとてもめちゃくちゃなものであったが、言いたいことはわかった気がする。つまり先ほど晋三さんが小笠原麻衣について考察した時のように、指輪を盗む理由もない人間がわざわざ手間をかける行動をするはずがないということだ。本当に理由がなければの話だが……。


「その理由をきちんと言ってください。あなたは、指輪になにがあるか知っているのですか?」


 はつらつたる態度は晋三さんも同じだった。手帳にはこれから聞く内容を全て書き留めるための準備をしている。


「ああ知ってるぜ。あの指輪には遠藤と付き合っているはずの男の名前が刻まれているんだよ」

「その男の名前というのは、高橋直哉さんのことですか?」

「ああ。たしか高橋って言ってたな」

「そうですか」


 晋三さんは赤いボールペンで手帳に丸をつける。やはり彼や志村巡査部長の考えは当たっていたようで、消えた指輪には高橋直哉の名前が刻まれてあったのだ。


「ですが、その男子生徒は佐々木さんとの関係を切ったと言っていますが」


 だがそうなると三人の間で意見が別れてしまう。

 直哉は別れたと言っていた。綾だって自分の彼氏と明菜が別れていたと思っているらしかった。見た目だけの判断だが、目の前にいるこいつよりも、まだあの二人の方が信用できる気がする。

 しかし――。


「ったくよ~」克幸は侮蔑を込めたため息を吐いた。「ぬるい取り調べしかしてねーから嘘をつかれるんだよ」


 そして彼は勝ち誇った顔で一度言葉を切り、にやあっと気味悪く口元を釣り上げて再開する。


「いいか、明菜とその男は別れていない。俺は見たんだ。あの二人が遠藤に秘密で会っているところを。それもつい最近だ。先週の土曜日だったかな」


 いつの間にか、彼の貧乏ゆすりはなくなっていた。

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