被害者の家

 帝国高校を後にしてから、どうしても行きたいところがあると何度も駄々をこねる玲奈に連れられて俺と晋三さんは佐々木明菜の実家に訪れることになった。

 車に乗っている最中、晋三さんは最後まで乗り気じゃなかった。どうやら被害者が子供の事件で一番辛い仕事はその両親に報告することらしい。自分にも同い年代の娘がいるためその気持が痛いほど伝わってくるそうだ。

 しかし、明菜の両親は意外にも彼女の死について悲しんでいる様子ではなかった。それよりも、こうなるのではないかと予想していたような気持ちが取調べ中の態度から溢れ出ていた。

 第一発見者たちの取り調べでは、佐々木明菜について聞くと全員が口を揃えて不良だと言った。それは彼女の両親も例外ではなかった。やはり紗佳が証言したように警察沙汰になってもおかしくないようなことを中学生の頃から続けていたらしい。今でも深夜になると友だちと一緒にどこかへ行っているようだ。

 しかし彼女の両親はそのことを止めさせるつもりはなかったと言っている。注意しようにも明菜自身が全く話を聞かなくて、始めは彼女の非行をやめさせようと四苦八苦していたが途中から諦めてほったらかしにしていたらしい。


「親として、明菜さんの行いを止めようとあなた方は思わなかったのですか? どんなに無視されようとも相手の目を見てきちんと注意するだけで、子供というのは心境が変わることもあるんですよ」


 取り調べの間、晋三さんの目じりは吊り上がったままだった。反発されるとはいえ、我が子を放任していたこの両親の無責任さに憤りを感じているようだった。終始このような質問を繰り返し子供の非行を止めるのは親の義務だと論じている晋三さんを見て、俺の幼馴染はこの人にとても愛されているんだと感じた。

 結局明菜の両親から新しく引き出せた情報は、佐々木家が山梨県から引っ越してきたということだけだった。深夜に遊びに来るガラの悪い連中についてはなに一つ知らないらしい。そして引っ越してくる前も変わらず悪さを働いて、警察に呼ばれることも何度かあったそうだ

 その間の玲奈はというと、せわしない様子で佐々木家の内装をキョロキョロと見渡していた。そもそもここに来たいと言っていたのはこいつだったはずなのに、とても今までの会話に興味がないといいたいような様子だった。その目的は両親の証言ではなかったのだろうか。

 しかし取り調べがそろそろ終わろうとしていたころ、玲奈は急に身を乗り出して明菜の部屋へ入ってもいいかと切り出した。


「あたしぃ、明菜さんの後輩なんです。でも、こんなことになっちゃってえ……ぐすっ、大好きだった明菜さんの……、思い出として……ぐすっ、二人でおそろいにしてたキーホルダーの、もう一つを貰ってもいいですかぁ……」


 どこから声を出しているのか、妹はわざとらしく語尾を伸ばしたような声で被害者の母親に頼み込んだ。頬はみるみる赤く染まり、目元からはぽろぽろ涙が垂れ流れている。玲奈と明菜になんの接点もないことを知っている俺ですらも本当に悲しんでいるんだと誤解してしまうほどの演技力があった。

 そんな妹のおかげで俺たちはスムーズに佐々木明菜の部屋に案内されることになった。隣を歩く玲奈の顔は、涙で目を腫らしながらもドヤ顔を隠しきれていなかった。

 佐々木明菜の部屋は全体的に黒っぽくおしゃれなところだった。もちろん俺たちが住むオンボロアパートのひと部屋より広い。シーツのしわが目立つベットに超薄型のテレビ、一度も開いたことがなさそうな新しい教科書が並ぶ本棚、大きな姿見と化粧に使うと思われる卓上ミラー、知らないアーティストのCDやファッション雑誌を置いておくだけの役割になった勉強机など。

 いったい妹はここでなにを探そうとしているのか。さっきまで見せていた赤い泣き顔も今はすっかり元に戻り、いつもと変わらない鉄仮面のような表情で部屋の中を歩き回る。

 はじめに手を付けたのは勉強机だった。引き出しを限界まで開き、中にあるものを一つずつ丁寧に観察していく。よくわからない紙の束や電子機器の充電コード、数年前に流行ったゲームソフトや削られていない鉛筆など、使用感の見られない物がたくさん出てきた。おそらくここは物置になっているのだろう。

 次に玲奈が注目したのは勉強机の上に置かれた小さな引き出し棚だった。中にはネックレスやピアス、他にもキラキラ光るアクセサリーが無造作に収納されている。下の段にはリップクリームや名前の知らない化粧道具がたくさん出てきた。

 それらをひと通り眺めて棚に戻していくと、すべてを見終わったところで机の上には小瓶のようなものが二つ置かれてあった。

 最後にメモ帳を取り出してなにか書き足している。玲奈にとってその二つの小瓶は重要な証拠になるようだ。俺もそれが何なのか盗み見てやろうと思ったら、それよりも先に妹がもとの棚に戻して、こちらを振り返った。


「もう用はないよ」


 その目にはとても満足したような輝きがあった。


「いったいなにを見つけたんだ?」

「それはまたあとで話すから。それより今はすぐに帰りましょう。早くお風呂に入りたい」


 一人で勝手に部屋を出ていく玲奈の後ろを、俺と晋三さんはなにをしていたのか全く理解できないようなはっきりとしない顔でついていき、そしてそのままなにも教えてもらえられずに佐々木家を後にした。

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