第8話 渋い笑顔

父さんは余り話をしなかった

それは父の病気の為なのか

昔ながらの「男は大事なことしか語らない」

なのか不明だったが

そもそも大事な事も話さない人だった


冬の農業のない時期と 雨でお休みの日は

母に怒られながら、一日一箱半のタバコを

燻らせて、時々布団に穴を空けていた

こんな父でも 電話交換機の修理を定年まで

務めていた


二次世界大戦の終戦までインドネシアのジャングルに

派兵していたらしいのだが

決して戦争の話はしなかった


母曰く 落とし穴を掘り、イノシシを狩り

ニシキヘビとタロイモが主食、副菜は果物で

暑くても脱いでしまうと虫に刺され 

隊の人たちは熱を出し死んでいく

悲惨な戦場に身を置いていたらしい


父の病気は今で言うPTSDだろう


母曰く 帰還船の中で発熱し

病院でレントゲンを撮り

結核だと診断され、強いペニシリンを投与され

精神にダメージが来たんだと

あれはニューモシスチス肺炎で結核じゃない!

誤診だと怒っていた


父が脳梗塞で倒れる数か月前

夏の夕方、食欲が無いと言いながらも

庭でタバコを吸い

父は井戸水を打ち水していた

私も庭へタバコを吸いに出た


ふと父に

「戦争の話を聞きたいんだけど」

と声をかけると


タバコを噛み

下駄を履いた足のズボンを

くるくると巻き上げ始めた

太ももまでめくり上げると

右足の太ももの外側を指さして

「渋い笑顔」をこちらに向けた


そこには 直径、深さ4センチぐらいの

大きな凹みが。

ケロイドで塞がっていたが

底の部分は大腿骨のピンクが

うっすら見えていた


そういえば父と風呂に入った事も

ズボンを脱いだ処も見たことがなかった


裾を下すと何もなかった様に

何も言わず

また煙草に火をつけていた。


ウクライナ戦争の情報が毎日更新され

殺されていく民間人の悲惨さを目にすると

父のこの笑顔を思い出すのである。

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