第1話 亡者

それは私が生まれる前 二番目の姉ちゃんが背中におぶられていた頃

昭和25年頃の戦後間もない頃の話です

夕刻、日が落ちる寸前の事だった

ひい婆ちゃんは、へっつい(かまど)でご飯をたいていた

「ぶすぶす」と羽窯がご飯の炊けた音をたてている時だった

背中の勝手口の板戸が「バタン」と音がしたと同時に

嫁のきよこが酷い汗をポタポタと落としながら

長女を抱き抱えていた

ひいばあちゃんの目を真っ直ぐ見ながら

ぶるぶると、ふるえながら土間に膝を落とした


(ここで出てくる、きよこは「カクヨム 妖怪が居た時代」のきよこである)


座り込んだきよこの後ろから、裏の嫁さんが飛び込んで来た、勝手口に立って「どうした かや~~」と叫んでいた。


ひいばあちゃんの旦那善九郎が花火屋をやっていた頃、事故で吹っ飛んだ作業場の

跡地が畑になっていた(この事故は後記する)

畑には大根やお菜をつくっていた、きよこはそこに長女を連れ次女をおぶり

畑仕事から帰ってくる途中の出来事だ

畑は花火作業所の為に勝手沢の谷合に作られていた

沢の中は何枚か田んぼが有り、その一番奥に作業所は有った

沢沿いにあぜ道が有り、下りを村に向い

あぜ道の左は田んぼ、田んぼの上に直に藪に成っていて、旭山に続いていた

右には沢の端から高台の稲干場に桑の畑が広がっていた。


きよこはゆっくり話始めた


あぜ道を家に向かって下ると

腰が曲がったお婆ちゃんが、こちらに向かって来た

嫁に来たばかりの、きよこには何処の婆ちゃんかは判らなかったのだが

近くの畑に来たのかと、挨拶をしようと思い、目を離さなかった

下っていくきよこ達は、畦道ですれ違うだろうと思っていた

お婆ちゃんの髪はチョココロネの様に巻かれていて、手ぬぐいで「ほっぽっかぶり」容姿が解るくらいまで近づいていた。

お婆ちゃんは、あぜ道から、桑畑に登る沢にかかる柘榴で出来た橋を、ゆっくり渡り始めた

狭いあぜ道で行き違うことは、無くなったのだが

桑畑への道と狭い沢を挟んで顔を合わせる位に近づいていた

すれ違う間、お婆ちゃんの体は、きよこと変わらない高さですれ違っていた

お婆ちゃんは上り坂、きよこは下り坂

当然お婆ちゃんは登っていく筈なのだが…

半端ない違和感が有った

狭い沢を挟んで手が届く距離でそのまま、振り向きながらお婆ちゃんを見ていた

お婆ちゃんは桑畑に登る坂道の草の中に

真っ直ぐ一歩一歩、ゆっくり沈んでいくのである

草履が草をよけながら、地面に埋まっていく

どんどん腰が沈み、手ぬぐいが沈み、担いでいた鍬の頭までゆっくり、草を分けて

桑畑に続く山道に沈んでしまった

きよこは、何処に行ったのか不思議に思い

柘榴の橋の袂に鍬と手籠を置き、子供の手を取って柘榴の橋を渡って桑畑へ急いでいた

桑は茂り始めていて、桑摘みができるまでになっていた

中組の墓地の上が桑畑で、畝を覗くと、向こうに大根畑が見えていた

一畝一畝、覗きながら「おびど」(上の村との境)までお婆ちゃんを探したのだが

日が暮れてきた桑畑と村の墓地には誰も居なかったのだそうだ、日が暮れ始めたので

子供の手を引き、下までおり、柘榴の木の橋を渡った時である

背負った子供との間、汗だらけの背中全面の毛孔が全て逆立った

鍬も手籠もそのまま置き

子供を抱きかかえ、全速力で家に向った、塀で囲まれた帰り道を抜け、裏の家の前を駆け抜け

竹藪をかき分け、勝手口に逃げ込んでいた


裏の嫁はきよこの、余りのけんまくに、何か事件が有ったと思い、きよこを追って来たのだった。


ひい婆ちゃんは一言

「そんなもん 亡者だわい」 と落ち着き払って 言い放った

きよこはそれを聞いて、震えも収まり 

気持ちもすっきり落ち着いたのだそうだ。



きよこ曰く、ひい婆ちゃんは仏さんの領域に達していた、きよこも裏の嫁もひい婆ちゃんの一言で、救われたのだそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る