第10話 1-9 人工知能行動予測

 税関を出ると左手奥にドロップと書かれた看板が見え、乗り継ぎ用の荷物を移動させるためのコンベアが動いていた。

 ところが、ひとりも係官が近くにいない。

 コンベアから落ちているスーツケースもある。


 元春は少し不安げに周りを見回したが、コンベアの向こうにMIAタグつまりマイアミ行きの荷物があることを確認したら、安心したようにスーツケースをコンベアに載せた。

 広志は係官がひとりもいないことに違和感を感じ、コンベア上を流れるスーツケースを不安げにしばらく見送ってから、スカイリンク乗り場へと移動しようとする元春のあとを走って追いかける。


 今度は広志が口を開く前に元春が説明し始めた。

「あそこが無人なのはわざとだな。あの広さだと常時3人は働いているはずだ。トランジットを申請した客がスーツケースをあそこまで持っていき、スーツケースをドロップせずに外へ出たら、たぶん拘束される。父さん達もAI(人工知能)に登録されて行動を監視されているのは間違いない。」


 ◇ ◇ ◇


 AIによる人の行動予測。

 日本でも車のナンバープレートを読み取るシステムは古くから導入されていたが、AIによる行動予測が始まったのはつい最近だ。

 政府高官やその家族、そして、テロ監視対象となっている人物が普段使用している車のナンバーが登録されていて、行動が予測されている。


 予測と違う行動を取ったら警報がなるのは当然だが、このAIの凄いところは、普段と同じ行動を取っているように見えても、「怪しい」と判断したら、注意を促すところにある。


 先日、日本国内で逮捕されたテロ監視対象である過激派グループメンバーはセルフスタンド、道の駅、高速のサービスエリアでマイクロSDによる情報の受け渡しをしていた。


 テロ監視対象は、ガソリンの1回の給油は千円分のみで広範囲複数のスタンドをランダムに利用することで尾行者に会合場所の対象を絞らせない措置も講じるほど慎重だった。

 無論、ランダムと言っても、給油して数キロメートルしか走行していないのに再び給油するようなまねはしない。ガソリンスタンドで何かやっていると、バラしているようなものだからだ。


 テロ監視対象は燃料を絶対に満タンにしない。車のタンク容量の半分程度まで燃料を入れておいて、ある程度走行したら給油する。それの繰り返しだった。情報交換をする日時が決まると、目的のスタンドで給油するために、普段の行動範囲の中だが、走行距離をのばして対処した。


 AIはテロ監視対象が日常の生活の中での行動をパターン化する。そしてそのパターンにより予測された行動より長い距離を走ったあとに必ず給油するスタンドを不審と判断し、それが逮捕の決め手となった。


 ◇ ◇ ◇


 合衆国では1日数万人もの旅行客が通過する駅や空港で、顔認証システムで登録した人物をAIに監視させている。

 トランジットの客がとる行動パターンが予測されていて、その予測範囲を逸脱いつだつするとモニターに警告が表示され、担当官や警察官が職質に向かう。


 例えば、広志がマイアミ行きの飛行機乗り場でなく、ロス行きの飛行機乗り場へ向かったとしても警報は鳴らない。旅行者がエアポート内で道に迷うことは多いからだ。

 元春の言ったという言葉に、少し不安感を覚える広志だ。

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