第9話 1-8 税関

 時計をチラッと見た元春が、ギヤチェンジしたかのように早足となり急ぎ出す。

 スーツケースを受け取りに荷物の絵にバゲッジクレイムにもつうけとりと書かれた案内に従って下の階へ降りていく。元春も初めての空港の筈だが全く迷いがない。


「おい親父。息子をそんなに急かさないでくれよ」

 時差ボケで眠っている身体を急に動かしたためか、ゼェゼェと息をする広志がお願いすると歩く速度を少し緩める。


「ああ悪い、広志。こういう乗り継ぎをする空港というのはハブ空港と言うんだが、ダラス・フォート・ワースは古い空港なので、荷物が消えることで有名らしい。飛行機の到着から1時間以上経つと係官が勝手に手荷物を荷物場の何カ所かにまとめて置いてしまうから、全部の荷物を探さなきゃいけなくなる。今ならまだ案内板があるターンテーブルの上かその周りに置いてあるかもしれない。」


 「そして、トランジット用コンベアの速度が遅くて、処理能力が低いから、ほかの空港だと5分で処理できることが3倍の15分かかるらしい。できるだけ早く荷物を見つけて、税関検査を受けた上で、トランジット便に載せなきゃいけない。そう考えて逆算すると、あと10分以内に見つけたいね。まぁ手持ちのパンツを毎晩手洗いして干せば何とかなるけどね。」と、怖いことをサラッと言ってのける。


 元春はチラッと広志を見て

「了解?」と聞く。広志に選択肢はない。

「了解!」と答えると広志が先に早足へと切り替えた。


 ターンテーブルの表示は既に成田発の便名は消えていたが、広志が入国審査手続きをしているうちに元春は、モニターでターンテーブルの番号を確認していた。

 そして間一髪、片付けられそうになっていた荷物の中から彼らのスーツケースを取り出すことに成功する。


 着陸直前に機内で渡された税関申告書には元春が既に記入していた。たばこと酒を購入していたためだ。税関担当官は元春と二言程度会話を交わしたら荷物の中味もチェックせずに通してくれた。


 隣では中東系の顔であごひげを生やした若い男性が、万年筆までバラされている。もともとテロ対策でセキュリティの厳しい合衆国だが、ビクトリアの新エネルギーが開発されてからのセキュリティはさらに厳しくなっている。


 広志は、無事、外に出ることができたので、他人に比べて元春に対しては審査が甘かったと感じたことについて質問する。

「親父、入国審査で質問が他の人より少なかった気がするし、今の税関もノールックパスだよね。親父が自衛官ということと関係あるのかな?」


「父さん達は、今日、マイアミから出て行く。つまりトランジットのりかえだ。アメリカ国内に宿泊するなら、ホテル名とか所持金とか詳しく聞かれるけど、今回はその必要がない。それにボリビアに行く目的について、娘を迎えに行くためって答えたんだ。彼も外国に留学している娘がいるらしい。だから早めに通してくれたんだろうな。」

 威圧的だと感じ、人種差別者じゃないかと一瞬でも疑った強面顔が、ケンタッキーオジさんの顔にダブって見えた。


 広志は知らない。担当官はパソコンへのデータ入力が終了していないのに彼らを通してくれた。そのため、広志へのひとことが伝えられなくて、ちょっと後悔していたことを。「良い旅行を」と。


 「税関の方は、荷物の中にデータベース未登録の機械や食品が入っていないからさ。スマホは台湾製だけど、アメリカ国内でも同じ機種が発売されている。アメリカは農産物の輸出国でもあるから、畜産物とか畜産物の加工品については、防疫と国内産業保護のため、特に厳しい。生チョコとかクッキーは全て成田の免税ショップで購入したろう。日本に限らず相互ビザ免除国で、出発ロビー内の免税ショップで販売されているものは全てデータベース登録されている。手持ち荷物で運び込まれるからね。あのデューティーフリーめんぜいと書かれた袋に未登録製品を入れてると中を確認されるけどね。」元春が早口で説明する。

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