第6話 1-5 免税店での買い物

 免税店では、生チェコとクッキーなど嵩張らない大きさの箱に入ったものに日本たばこ1カートンと日本酒を購入する。

 酒はともかく稲田家に喫煙者はいない。


 高特で学習補助機材として導入されたVRシステムは脳細胞を解析して記憶力の改善を行うのだが、両親のどちらかが喫煙者であった場合、その効果が著しく劣ることが判明している。そのため、高特入試時に同居者全員の喫煙履歴を提出させている。


 もともと喫煙時に生じる一酸化炭素が脳細胞を破壊することは一世紀近く前に証明されていた。そして、副流煙が子供の奇形や脳の発達障害に影響していることが証明されているにもかかわらず、日本においては女性の喫煙率が上昇している。

 高特は母親が喫煙者であった場合、入学試験の結果に影響すると公表していた。


 そんな事情もあり、たばこをお土産にするということは、広志にとってはあり得ない行動だ。元春に真意を問う。


「親父はたばこの害についてどう思っているんだ。そんなものをお土産にするのは間違っていると思う。」広志は絶対に自分が間違っていないと確信しているので少しだけ語気を強め、そして、ゆっくりと喋る。


 元春は購入した品物の支払いをクレジットカードで済ませながら、恐らく既に出していた結論であろう内容を口にした。


「ボリビアに限らずたばこは嗜好しこう品として好まれている。英一郎兄さんの牧場で働いている従業員やイザベル義姉ねえさんの兄弟に、たばこの害を知っている英一郎兄さんが日本に戻ってきた時は必ず土産として持って帰っていたのは何故だか判るか?」


 広志は、『他の人がどうであれ関係ない。親父にはやって欲しくない』と思いながらも首を横に振る。


「たばこその有害性について知られていても、いちど吸う習慣を持つとやめるのが極めて難しくなる。そして何よりも問題なのは世界中の国や政府がたばこの製造も販売も使用も禁止していないことだ。日本製たばこはボリビアでも超高級品だ。そして、リーナ達がいなくなった後の牧場の維持管理は、これを超高級品だと思っていて、なおかつ味も知っている従業員とリーナの叔父さんに任せることになる。リーナ達が、もし、日本に馴染むことができず、ボリビアに戻りたいと言ったとき、父さんはできる限りの支援をするつもりだ。そして、そのための場所を確保するためにも何でもする。」


 広志はいつも寡黙かもくでなにを考えているか分からない元春が、自分では考えもしなかった理由を述べたことに驚き、そして、善悪だけで判断していた自分の考え、思考の浅さを情けなく感じた。


 思考停止状態の広志に元春が、

「ついでに、彼らはヘビースモーカーだが、日本たばこがあるうちは大事に吸うので量は減るらしいぞ。」

 と追い打ちをかける。そして、生チョコとクッキーを広志に渡し、

「少しは運ぶのを手伝え」とニヤリと笑う。


「そうそう、乗り換え時間に余裕のあるマイアミではカナダ産のアイスワインを買うつもりだ。あまり酒を飲まない兄さんが、イサベルさんが好きだからと言ってよく買っていたそうだ。日本酒はもし買えなかったときの保険だな」


 ◇ ◇ ◇

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