第5話 1-4 成田空港へ

 年末の臨時便で駐機場も混雑していたので、予定より15分遅れて福岡空港を離陸したのだが、成田空港へは定刻に到着した。


 成田の第2ターミナルへは無料シャトルバスを利用する。

 ここでもキャスター付きスーツケースをガラガラと押しながら歩いている人達が多い。成田空港は福岡空港と比べものにならないくらいの人達でいっぱいだった。しかし、道が広いので福岡空港と違い、道を塞いでいるようなことはない。


 第2ターミナル入り口で地図を確認すると元春は、

「簡単に食事してそれから早めに中へ入ろう。免税店で買っておきたいものがあるから。それとも別行動したいなら、それでもいいぞ。」と言う。


 LCCでは座席予約の500円ケチって美味いものを食べさせてくれると解釈していた広志は、

「腹減ったから、肉が食いたいな」と答えた。



 そして、元春に連れて行かれたのは「吉牛」だった。

『福岡空港は高そうな店が並んでいるのに、何故、成田には吉牛がある?千葉だからか?』と失礼なことを広志が考える。


 元春は広志の心中を察したのか、

「全国どこでも味と値段が変わらないのは素晴らしいぞ」とのたまってくれた。


 広志の元春に対する評価がもう一段下がり、僅かながらでも仕返ししようと特盛りを注文したのは言うまでもない。

 ちょっと判りにくい場所にある吉牛でさえ長い列ができていたので、ふたりとも食事を10分で済ませると、すぐに宅急便の取扱所でスーツケースを受け取る。


 スーツケースには、3日分の着替えと旅行用のアメニティーグッズの他、盛夫から聞いていたご近所や親戚へのお土産が入っている。

 余裕あるスペースには、従姉妹の私物の収納するはずなのだが、広志は、自分のスーツケースには余裕がなくなってきている気がしている。


 昨日からクラスメイトの遠慮のない希望土産品リストのメールが続々と届いているためだ。

『なんだよ、ダイヤモンド原石やウラン鉱石って。』

『ひょっとしたら南米では当たり前のように売っているのだろうか?』

 広志が、インターネットで検索すると、これらの品々がボリビアでは普通に購入できるという欺瞞ぎまん情報が溢れていた。


 ダラス行きAA160便の掲示板を見ると既に受付が開始されていた。

 機内預かり用荷物のX線検査機にスーツケースを通すと、列にふたりで並ぶ。グループはまとめて処理してくれるが、30分以上待たされた。


 広志は、

『すいすいと処理してくれるファーストクラス専用レーンがうらやましいなあ。せっかく盛夫叔父さんが手配してくれていたのに。』と心の中で呟く。しかし、広志も既にバイトを経験しており、4人分で280万円以上というお金を稼ぐことは、広志では数年かけても無理だと理解しているので、本気で元春を責める気にはならなかった。


 ◇ ◇ ◇


 南米の玄関口であるマイアミには、サンフランシスコとかロサンジェルス経由の方が乗り継ぎ時間が短くて便利なのだが、普通運賃でなく格安運賃を選択するなら、料金はオールアメリカン航空の本拠地があるダラス経由がもっとも安い。


 当初、盛夫は、サンフランシスコ経由のひとりあたり70万円近くするビジネスクラスを予約していた。

 それを、エコノミークラスの格安運賃に変更したのだが、それでもひとりあたり20万円を超えている。エコノミークラスの普通運賃ならひとりあたり30万円以上する。


 普通運賃と格安運賃の違いは、普通だと有効期限が1年あり期限内であれば便の変更が自由に出来るが、格安運賃は購入した便のみに有効で、航空会社に責任のない変更だと有料になる。


 今回は短期間の旅行で変更もないということで、を心配する盛夫を、実兄である元春が説得して安い費用で済ませたという経緯がある。


 ◇ ◇ ◇


 ようやく自分たちの番になり、ふたりは、スーツケースを預け、ひとりあたり往復で6枚あるボーディングパスとうじょうけんを受け取る。

 少し年配だが上品な感じのチーフらしき女性が対応してくれる。さっきファーストクラスで対応していたお姉さんが、こちらの上品な人に判断を仰いでいたので、チーフかどうかは別にして立場的に偉いのは間違いない。


 バゲッジクレイムタグと往路三枚、復路三枚のボーディングパスを印刷された項目を確かめながら手早くパス専用の封筒へ入れていく。


 元春に到着地のダラスでいったんスーツケースを受け取って、乗り継ぎカウンターに預けたら、最終目的地のサンタクルスまで、スーツケースは預けっぱなしで良いという説明をすませると、元春が頷くのを確認し、次に搭乗時間とゲート番号に赤ペンで○をつけながら、遅れないようにと注意を促す。この間、僅か1分ほどだ。


 元春が盛夫から預かっているリーナ姉妹の航空券の支払い証明書バウチャーを見せて、リーナ姉妹のボーディングパスも受け取れるか確認すると、即座にボーディングパスはサンタクルスで発券されるのでバウチャーはその時提出して欲しいと回答があり、さらに、座席指定は終わっているので、4人がバラバラになることはないとの言葉を続ける。

 このチーフらしき女性を見て広志は思う。

『この人、滅茶苦茶かっこよく見えるのだけど、親父はどう思っているのだろう?』


 保安検査場では1時間近く待たされたが、出国審査場はガラガラだ。出国審査場の壁にチラッとAPCの文字があるポスターが見えた。


 東京オリンピックの際、日本にもAPC(自動パスポート管制システム)が導入され、ビザ相互免除国の外国人はこのAPCを利用することによって日本人専用のレーンで入国審査が受けられるようになっている。


 ふとボリビアから連れて帰る従姉妹のことが頭をよぎるが、出国審査官から前に進むよう手で合図があったので、黒で引かれた停止線から前に出てパスポートを渡す。質問もなければ、無愛想にパスポートを返され、広志は、

『日本人でも無愛想な人はいるんだな。』と何故か感心してしまう。


 ◇ ◇ ◇

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