第4話 1-3 LCC(格安航空会社)

 人混みを縫うようにしてふたりがジェットエアのカウンター前に到着すると、カウンター前に100人近くが並ぶ長い列がある。

 広志が、あそこに並ぶのかと一瞬思っていたら、元春はカウンターから少し離れたところにある8台の自動チェックイン機の方へ進んだ。


 各端末前には4人から6人くらいの人が並んでいる。

 人混みの中では、この自動チェックイン機を見逃してしまいやすい。

 広志ひとりで来たら間違いなくカウンターの列に並んで貴重な時間をロスしていたことだろう。


 広志は迷わず元春の後ろに並ぶ。

 元春のやり方を見て参考にするためだ。

 まだ16歳の広志とはいえ、他人が操作するモニターをのぞき込むのはさすがに失礼だと思う程度の分別はできている。


 広志は自分の番が来るのを待つ間、 長蛇の列の方へと視線を移す。カウンターではスーツケースを預けたり、何らかの事情で搭乗券を再発券しいるようだ。


 50歳くらいのラフな服装のオジさんが、バッテリーがどうのこうのと言っている怒声が聞こえ、声が大きいのでかろうじて内容が理解できる。


 どうやら、スーツケースに入っていたビデオ用のバッテリーがセキュリティに引っかかってスーツケースそのものを機内に積み込めず、搭乗口でそれを知らされたため、飛行機に乗り遅れただけでなく、再発券手数料まで支払わなければならないのは納得いかないということらしい。


 視線を巡らせると、一番奥のカウンターでは、受け取ったスーツケースを開けてバッテリーらしきものを取り出す人達が見える。


 担当者の若い男の人は、何度も場内アナウンスしたと弁明しているが、ハッキリ言って、休日を海外や避暑地で過ごす人や里帰りの人達の喧噪けんそうで、アナウンスの内容は多くの人には聞き取れない状態だ。


 広志は、ふと、この航空会社の搭乗券は会員登録しないと購入できないシステムだったことを思い出す。


 スマホ宛にメールで知らせれば、こんな混乱は少ないだろうとか、元春のスーツケースには従姉妹のリーナ達に購入したスマホが入っていた筈だから、成田で元春にそれとなく注意した方が良いのかもと考えていたら、元春が端末の前に進み出る。


 元春の斜め後ろから操作方法を見ていた広志だが、思っていたより簡単そうなのを確認してホッとする。


 そして、広志の番になり、元春がやっていたのと同様に、スマホにダウンロードしておいたQRコードを読み取り窓にかざす。モニターには絵付きで操作方法の説明が流れるし、ボタンを押すだけの操作なので、ひとりでも大丈夫だ。


 広志は、座れる座席表が表示されたのを見て少しガッカリする。初めての飛行機で、窓からの景色を楽しみたかったのだが、窓側には空席がなかったので通路側の空席を選択する。


 元春の席とも離れているが、LCCは航空運賃が安い分だけサービスも有料となっており、あらかじめ席を予約するとそれだけで500円取られるから成田で美味しいものを食べた方が良いと元春が言っていたことを思い出す。


 しかし、帰りの便は、ふたりずつ前後2列の席で4人分を既に予約している。

 この旅行の目的は、観光ではない。

 南米ボリビアで元春の兄夫婦が亡くなったため、孤児になった従姉妹の姉妹を家族として日本に迎え入れるためだ。


 夏休みは無い高特だが、役所と同じで、12月29日から1月3日までは休みだ。広志たちは旅行日程上1日休みをとって12月28日に出発している。


 姉妹の姉リーナは元春と、妹サラは広志と隣に座り、それぞれ窓側を彼女たちに座ってもらうように決めている。

 着陸直前の飛行機から眺める福岡市内の光景は素晴らしいからと元春と姫子で相談して決めた。


 搭乗券が印刷されてでてくるのを取ると、少し離れた場所で元春が立って待っている。

「広志、今日は込んでいるから、早めに保安検査に行こう」


 保安検査室に向かう列では「待ち時間、現在約1時間」というまるで何かのアトラクションに並ぶ列のような表示が出ている。

 機内持ち込みが禁止のライターなどが、絵の他に日本語、英語、韓国語、中国語で表示されている。


 国内線ターミナルでも外国人旅行客の増加で様々な工夫がされている。

 東京オリンピック以降、外国人観光客は増加の一途であり、2025年には万博も企画されているらしい。

 今後も改善が施されていくことだろう。


 保安検査はまず一列に並び、フェーズコンバート型検査装置を通過する。

 荷物を持ったまま、内面が薄青白い光で包まれた白く短いトンネルを通過すると、莫大な商品データベースと照合され、要チェック品だけが検査職員に表示されるというシステムで、この装置で異常が認められなければ、搭乗券検査だけでそのまま通過できるという保安検査にかかる時間が大幅に短縮されることが期待された装置だ。


 この検査装置をパスすると4つある入り口の1つからそのまま搭乗券の確認だけで中に入ることが可能だ。パスしなかった人は三つあるX線検査装置付きの入り口で二次検査を受けなければならない。


 この一次検査、液体、バッテリー、データベースにない金属製品などは対象外で、結局、殆どの人は昔ながらのX線検査装置を通る必要があり、今でも、靴を脱いで検査を受ける必要があるという冗談か笑い話のような状態だ。

 これが待ち時間1時間とかいう状況を作り出している。


 ふたりが手荷物で持ち込む機器は日本国内で既に多量に流通しているスマホとバッテリーのみで、あらかじめ飲み物は高いけど「なか」で購入すると決めていたので、二次検査を受けずにすんなりと入れた。


 ちなみに広志が高特で使用しているデバイスは国外持ち出し禁止なので、海外渡航申請書を提出したあと、高特に支給されているスマホと学生手帳は、出発の前日に学校へ返却している。


 LCCの搭乗口は保安検査場所から遠い。

 広志は飲み物を購入するために、途中、ジャパンエアの土産物販売店に立ち寄ると、そこには、高特の電子マネーで購入すれば全て10%引きと書いてある。

 クレジットカードだと土産物と空弁だけが10%引きだが、高特の電子マネーだと全品対象の10%引きだ。


 高特生で頻繁に空港を利用する者は少ない筈だが、マルチランゲージ教育を謳う高特生は、将来飛行機を利用する者が増えるに違いない。クレジットカードと同じ理屈だ。

 姫子が言っていた囲い込みという単語を思い浮かべながら、広志は『経営ってバカじゃできないな』と感心する。


 電子マネーは学生手帳を学校に返却した時点で使えないが、ダメモトで広志は声をかけた。

「すみません。僕、アイシティ高特の学生なんですが、他に受けられる割引サービスってありますか?」


 売店のハイヒールのせいか広志より少し背が高いお姉さんは、「パスポートか運転免許証を持ってますか?照合して高特生だと確認できたら現金でも1割引になりますよ」と即答だ。

 パスポートや資格免状の類は、取得すると報告が義務づけられていて、即座に学生番号とリンクが完了する。


『アイシティの学生で既に利用した者がいるのか。誰だろう?』

 心の中で驚いてみせた広志だったが、既に世界中を飛び回っている女子高特生が名古屋に大勢いることを知るのはまだ先の話だ。


 広志はちょっと嬉しくなり、パスポートを見せて、元春と広志用に500ml紙パックに入ったミネラルウォーターを2本購入す。1本を元春に、「お得に買えるから1本は親父に」と言いながら渡す。


 ふたり分払ったのだから広志にとっては安くない。

『まあ、親父にはいろいろと出費を強いているから、このくらいは』と思った広志だったが、当然のような顔をしてパックを受け取った元春の顔を見て父への評価を下げたのだった。

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