第10話 作戦
新堂の仮説はこうだ。
スラムの反政府勢力は、裏で日本とつながってなどいない。日本は身分を隠して彼らを金銭的に支援し、発電機を揃えるよう促している。自分たちの軍隊を充電するために。つまり、スラムの人々は利用されているのだ。
「自分で発電機を持ち込めばいいじゃないですか」と、谷川が反論する。
「日本の電源構成は太陽光、地熱、潮汐、風力、水力などで、どれも巨大な施設が要る。小型の発電機なら火力エンジンが有効だが、日本では俺が生まれる前に絶滅した。」
「へぇー! じゃあ日本には小型の発電機がないんですか」と、谷川が大袈裟に驚く。
「必要ないからな。国内ならいつでもどこでも電気が手に入る」
「でも電気ならこの島にだって――」と言う谷川を遮って、新堂は「電動のヒューマノイドに抵抗するために俺たちが発電所を止める。それを彼らは恐れたのだ」と言った。「日本に抗うには電気を断てばいい。彼らはその弱点を補うために、発電機を用意していたのだろう」
「それって、ヒューマノイドが全然侵略に向いてないってことじゃないですか」
谷川が怒ったようにそう言うと、新堂はにやりと笑った。
「よく気付いたな。その通りだ」
「え? どういうことですか?」
「日本のヒューマノイドは軍事用ではない。一般労働や国民の監視にしか使えない民用品だ。いつでも充電できる環境下しか想定されていないから電池も小さい」
新堂の知る限りでは、日本が外国の領土に侵攻したことは過去になかった。AI政府は域内の人間の生活を安定させることが目的だ。人口が抑制され、完結した循環型社会になっているはずの日本が、海外に打って出る理由は思い当たらなかった。
谷川も同じことを思ったらしく、疑問をぶつける。
「じゃあなんで日本は侵攻してくるんですか。戦争に向かないロボットを無理矢理使ってまで」
「それは分からない。ただ――」
新堂は、これから自分がしなければならないことを想像して、身体が震えた。
「谷川さん。今から俺たちがすることが分かるか」
「まずはご飯でも食べますか?」
そう言った谷川の表情があまりに真面目だったので、新堂は笑ってしまった。しばらく笑ってから、「それもいいかもしれん」と窓の外を眺めた。食堂のある建物も停電している。食事の提供ができるとは思えなかった。
「これ、どうぞ。机の引き出しに沢山入れてあるんですよ」
谷川が棒状の携行食を袋から出す。
「今から俺たちがすることが分かっているのか」
「スラムに行って発電機を壊すんですよね」
谷川が「食堂に行ってご飯を食べる」みたいな口調で言うので、不意を突かれた新堂は「あぁ」と腑抜けた返事になった。それから、重々しく「だがそれだけではない。この島の発電所もだ」と付け加える。
「そっか。……そうですよね」と谷川がまた天井を見上げる。発電所と送電網を占拠されたら、結局充電し放題になってしまう。彼らから電気を取り上げるには、発電所を物理的に破壊するしかなかった。
「俺はスラムをやる。谷川さんは発電所を頼めるか」
新堂は発電所の場所を知らなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください。まずは頼んでみますから。官僚の友人がいるんです。彼に、発電所を壊すよう治安部隊に命令が出せないか頼んでみます。それにスラムのも」
しかし、敵の侵略を目の前にして自国の施設を破壊する、などという荒唐無稽な作戦が受け入れられるはずもなく、谷川はすごすごと戻ってきた。
「本当にやるんですか」
「説得できなければ力尽くでもやるしかない」
新堂は未来における鮫との対話を想像した。
「発電機は接収されると日本軍に資するから、今すべて燃やせ」
「そうか、分かった。全部燃やそう」
そんな簡単なはずはない。これまで買い集めて来たものを彼が手放すとは思えなかった。力尽くでやるなら、こちらにも力が要る。
「谷川さん」
「何ですか?」
「君主に直談判できないか。どうしても発電所と発電機は葬らなければならないのだ。官僚が決断できないなら、君主に直接断を下してもらうしかない」
時間もない。もうそれしか手が無かった。
「陛下にですか。でも市民層の拝謁は認められていません」
「そんなこと言ってる場合か!」
急に新堂が怒鳴ったので、谷川はびくんとして背筋を伸ばした。
「いいか、これは戦争なんだ。負ければこの国が無くなる。そんな時に君主も市民もあるか!」
「はい!」
「急ごしらえな日本軍の生命線はこの国の電力だ。そしてそのことに気付いているのは俺たちだけ。何をすべきか分かるだろう!」
新堂はそう言いながら立ち上がった。これは自分にしかできないことだ。ならば、この自分がやらなければならない。新堂は使命感に燃えていた。
「国の存亡がかかってるんだ。せめてこの手紙を渡してくれ!」
薄暗い廊下に新堂の声が響く。謁見の間につながる扉は、固く閉ざされたままだった。
「存亡に係る事態なら、貴殿が関与すべきことはない」
衛兵は聞く耳を持たず、手紙さえ受け取ってくれなかった。
「分からないやつだな。今日中にやらないと手遅れになる!」
「そのお話はすでに三度伺いました」
「じゃあ分かるだろ。この国を守るには、どうしても必要なんだ」
すると、衛兵は軽く咳払いをしてから言った。
「貴殿を反逆罪で逮捕します」
すぐに三人の大男がやって来て、新堂の身柄を拘束する。
「どういうつもりだ!」
「貴殿は元日本人だ。我が国の発電所を破壊するなどと馬鹿げたことを言い、裏で日本と通じているのだろう」
日本のスパイとの容疑をかけられた新堂は、独房に放り込まれた。停電していて真っ暗だった。寒さが身に染みた。
◇
会議の場に、カリンがレモンを連れてやって来た。そしてレモンが言う。
「どうして日本軍を止めなくちゃいけないの? 受け入れればいいのに」
並んでいる男たちが今何を言われたのか考えている間に、レモンは続ける。
「自分たちで革命を起こして国民島の君主と政府を倒そうとしてるみたいだけど、日本が来たら代わりに全部やってくれるんじゃない?」
実はこの直前、カリンの所にKからの連絡があった。
「つながった!」
カリンが画面を食い入るように見つめる。カリンの他にはレモンしかいなかった。
「何て言ってるの?」
Kのメッセージはこうだ。
「こんにちは。連絡を頂いていたのに返事が遅くなって申し訳ありませんでした。日本国が国民島を併合するというメッセージが沢山送られています。私は、日本国の併合を認めた方がよいと思います。君主が打倒され、貧しい生活も終わります」
レモンはKの言う通りだと思った。陛下を拘束するとか、色んな作戦を立てていたのは、最終的には今の貧しい暮らしから脱するためだった。そのために富と権力を独り占めしている人たちを倒したかったのだ。裏を返せば、豊かで平等な社会さえ実現されれば、その主体はアシカたちでも日本でもいいのだ。
「私はいいと思う」とレモンが言うと、カリンは「隣に直接言ってみな」と、アシカたちが会議をしている部屋を指した。
レモンの言葉に、男たちの反応は思ったほど芳しくなかった。
「意地になる必要は無いよ。これは最大のチャンスなの」とレモンは力説する。「私たちも日本人になれるんだよ?」
「まぁ、そうかもしれん」と、誰かが唸った。レモンは畳みかける。
「日本が豊かなのは、効率がよくて無駄がないから。それに、私腹を肥やす汚職もない。それって私たちが目指している社会じゃない?」
レモンにしてみれば、思わぬ形で以前からの夢が叶うのだ。戦う理由はなかった。
しかし、レモンに反対したのは意外にも兄のアシカだった。
「俺たちは日本民主主義人民共和国を建国する。その理念は、自分たちの手で作る国というものだ。確かに日本に組み込まれてしまった方が生活は豊かになるかもしれない。AIには汚職も癒着も無い。でも――」
アシカは一段と力を込めて訴える。
「でも、それじゃあ駄目なんだ。今の陛下に代わる新たな君主を迎えても、もしそれで暮らしがよくなるとしても、それは俺たちが目指す未来じゃない」
レオは革命の創始者だったが、その目的はあくまでも支配者層の打倒だった。それは、豊かな生活を夢見る若者たちの支持を集めた。
アシカは、そこに新しい理念を掲げた。日本民主主義人民共和国という名前がそれをもたらしたのか、潜在的にあったそれがその名前を導いたのかは分からないが、自分たちで国のことを決めるという理念だ。
「もうすぐ、もう少しでこの理想は実現できる。だから、今日本に下るわけにはいかないんだ」
アシカの発言に、自然と拍手が向けられた。
「俺たちは誰にも従いたくねぇんだ。俺たちは俺たちにしか従わねぇ!」と怒号が飛ぶ。
レモンは部屋に戻った。カリンが待っていた。
「レモン、あんたのお陰であいつらはまた燃え出したみたいだね」
「お姉ちゃん分かってて私を行かせたの?」
レモンが頬を膨らませる。
「まぁそう怒らないで、私が悪かった」
カリンは両手を合わせて謝ると、レモンをすぐ隣に座らせた。
「贅沢な悩みだと思うでしょ?」と言うカリンに、レモンは黙って頷く。
「人間は生きていくのに十分な食べ物があるだけでは満足できないみたいなのよね」
カリンは隣の部屋から漏れ聞こえる声に耳を傾けた。どうやって日本軍を止めるかの議論が
交わされているみたいだった。
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