第9話 宣戦布告

 事件は、一年の最後の日に起きた。

「明日より、国民島を我が国の領土として併合します」

 新堂は、ついにこの日が来たかと、部屋で一人立ち上がった。椅子が倒れたが、気にも留めなかった。

 大晦日は宮中も休日。新堂は一日自室で過ごすつもりだった。そこへ、このメッセージが来たのだ。革命の火蓋を切るメッセージが。


 しかし、よく見ると、差出人が「日本国」となっている。何かの間違いだろうかと、新堂は椅子を起こした。

「新堂さんのところにも変なメッセージ届いてますか?」

 谷川から連絡が来る。どうやら、一斉に送信されているらしい。

新堂は「何かの悪ふざけか」と返したが、谷川は「こういう時は宮中に参集することになっています」と、真面目に送ってきた。仕方ないので新堂も自分の部屋を出て、職務棟へ移動する。

 新堂の推測では、そろそろ革命が起こってもいい時期だった。何となく不安になった新堂は何度かKに状況を尋ねてみたが、一向に返信が無い。それどころではないのだろう。


「新堂さん! 無事でしたか」

 谷川が手を振りながら走ってくる。一生懸命白い息を吐いていた。

「無事に決まっている。まだ何も起きていない」

「国中に一斉送信されているみたいです。ほら」

 谷川が見せたニュースの画面には、戸惑う人々が映し出されていた。

「いい考えがある」

 新堂はそう言うと、いつも仕事をするように端末を立ち上げる。

「こんな日に仕事するんですか?」という谷川を無視して、新堂はいくつかの命令を入力する。すると、画面にはある部屋の様子が映された。防犯カメラの映像だ。

「謁見の間? 何ですかこれ」

「これで何が起きているのか探ろう」

「まずいですよ、こんなことしたら犯罪です。下手したらクビですって」

 急に谷川が声を潜めた。防犯カメラの映像を勝手に拝借するくらい、新堂には造作もなかった。読唇アプリが読み取った会話が、断片的に文字列で表示されていく。


「これは日本からの宣戦布告です」

「そんなはずない。悪質な悪戯だ」

「すぐに治安部隊を海岸線に配置すべきです」

「デマに踊らされたと知れたら権威は失墜するぞ」

 官僚たちは同じ議論を何度も繰り返している。その時、画面が不意に切れた。

「また停電ですね」と、谷川は天井を見上げる。

新堂は「この停電は長引くかもしれない」と応じた。

 もしかすると、併合が終わるまでずっと停電のままかもしれない。そう考えた時、新堂の頭の中で何かが繋がった。今まで考えてこなかった可能性を、恐る恐る谷川に話してみる。


「谷川さん、これは仮説だが、まず聞いてほしい。これは日本からの、俺の故郷からの、本物の宣戦布告だ。彼らは物理的な攻撃を好まない。片付けが面倒だし、死傷者が出るのも手間だ。何より、反感を買わずに併合できた方が、効率がいい。だから、実行部隊をよこす前に、こうして電力インフラを攻撃しているんだ」

 谷川は黙って聞いていた。新堂はゆっくり続ける。

「しかし、彼らには弱点がある。俺たちが電力を取られて苦しいように、彼らが使うヒューマノイド――人型のロボットのことだ――これも電気が無いと動かない。そこで必要になるのが、大量の小型発電機だ。そして俺たちはその在り処を知っていると思う」

 谷川が真っ直ぐ新堂の顔を見た。感付いた、という表情だった。

「スラムですか」

「そうだ。おそらく明日以降、停電の闇に乗じて実行部隊が上陸してくる。電池が切れても、彼らはスラムで充電できる」

 新堂は、日本で見た無数のヒューマノイドを思い出していた。金属と樹脂の身体は人間を模して設計されており、人間のできる動作は大概できる。

「つまり、スラムの人々が何ヵ月もかけて発電機を用意していたのは、このためだったというわけだ。彼らは裏で繋がっていると見るべきだろう」

 新堂はそう言いながら、自分の言っていることが恐ろしかった。スラムを見に行ったのは、秋のことだ。鮫に会う前。Kと知り合う前。その時すでに結構な量の発電機があった。あれから買い足しているとすれば……。

充電時間を考えれば、一つの発電機で支えられるのは百から数百体。もし発電機が五十あれば、一万体以上のヒューマノイドが活動できる。絶望すべき状況だった。

さらに谷川が追い打ちをかける。

「ということは、発電機を買うために必要な資金を、日本側が支援していたということですか?」

「そうだろうな」

 新堂は真っ暗な画面に映る自分を見つめた。自分は何をしてきた? 日本から逃れて辿り着いたこの島で、君主から主権を取り戻す人々の運動に参加したいと思った。だから、Kを通じて鮫を助けてきたつもりだった。無数の疑問が頭を駆け巡る。

 あの時鮫は、君主を打倒しようとしていると言った。そのために日本を頼ったのか? しかし、君主を倒して日本の支配下に入ってしまえば、それは新しい君主を迎えたのと変わりない。それに、日本が応じるとも思えなかった。

 しばらく自分とにらめっこしていた新堂が、口だけを「分かった」と動かした。そして何も分かっていない谷川を振り向く。

「谷川さん、聞いてくれ。俺の次の仮説だ」


  ◇


 レモンは今日も子どもたちを集めていた。末っ子でいつも兄を追いかけていた彼女にとって、自分より小さい子どもは新鮮だった。

「今日は将来の夢を書いてみよう!」

 楽しげな声に誘われて、子どもたちは口々に「はーい!」と返事する。

 そのうち、一人の子どもが無邪気に聞いた。

「レモンは書かないの?」

「えー?」

「書いて書いて!」

 地面には拙い文字で「おいしゃさん」などと書かれている。レモンはその横に、漢字で「日本」と書いた。

「なんて読むの?」と皆が覗き込む。

「日本。私ね、日本に住みたいなって思ってたの」

 スラムに住む子どもたちにとっては馴染みのない国だった。

「なんで?」と言う彼らに、レモンは優しく答える。

「日本はとっても豊かな国でね、食べ物もた~くさんあるし、悪い人もいないし、そういう所なんだって」

 それが日本に対するイメージだった。と同時に、レモンの脳裏に昔読んだ文章が蘇る。「日本は動物園」とか書いてあったような気がする。でも、他に何が書いてあったかは忘れてしまった。とにかく日本をいい国だと思わない人もいるのだ。贅沢な悩みだ、とレモンは思った。温かい寝床と食べ物の外に、一体何を望もうというのか。


 レモンが子どもたちと過ごしている間に、アシカは日本民主主義人民共和国の暫定首相になった。とはいっても、まだ対外的に独立を宣言したわけではないが。次に、各地域のリーダーとして配置していた古参とは別に、外交、軍事、法律などを専門に担当する大臣を立て、国造りを着々と進めていった。

「お兄ちゃんの国はいつできるの?」

 日本に行くより、国民島の官僚になるより、独立して国を造ろうという兄の計画の方が現実的なんじゃないかと、レモンは思い始めていた。

「年明け早々にも独立宣言をしたいと思ってる」

 アシカは真剣だった。

「また装甲車が攻めて来るんじゃない?」

「その前に宮中を制圧して、陛下の身柄を確保する。陛下に仕えていた治安部隊も、新たに国民に仕える立場になる」

 レモンは兄を尊敬した。と同時に、何か自分が取り残されているような感覚を覚えた。

「最近の停電もお兄ちゃんがやってるの?」

「いや、あれはKが担当してる。彼の技術は凄いんだ」と、兄は興奮気味に言った。「独立してて攻撃できない発電所のシステムじゃなくて、送電網のシステムに侵入してそれを乱してるらしい」

「ふーん」

 よく分からないけど、色んな人が兄に協力してくれている。そう思うと、レモンは少し嬉しくなった。


 事件は、一年の最後の日に起きた。

「明日より、国民島を我が国の領土として併合します」

 日本からの宣戦布告。アシカはすぐにそう結論付け、大臣とリーダーを集めた。

「明日は俺たちの独立記念日だろ。どういうことだ」

 鮫がアシカに詰め寄る。警備の薄い元日がクーデターの決行日だった。

「我々はいかにして陛下を確保し、宮中を制圧するか考えてきた。外国が侵攻してくる事態など想定外だ。ここで対応を協議したい」

 アシカは苦しい声でそう言った。カリンがKへの連絡を試みていたが、何の返事もない。

「連中が俺たちにビビッて、日本に助けを求めたんじゃないのか?」

 誰かがそう言って笑ったが、誰も応えなかった。


 いくつかの案が出た後、アシカ自らが提案する。

「日本が侵攻してきたら、国民島の治安部隊では太刀打ちできないだろう。日本に治安部隊を叩かせて、その間に宮中を制圧する」

 するとすぐに鮫が噛みつく。

「で、その後に俺たちも仲良く日本に降参、じゃ意味ないんだぞ」

「分かってる。日本軍を止めなければならない」

 停電が起きて、自家発電に切り替わる。

「止められるのか」

 鮫の言葉を最後に、皆が黙ってしまった。君主を拘束してクーデターを起こし、選挙によって速やかに民政に移管する。そういう計画だった。アシカたちには元より軍事力など無いに等しかった。

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