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魔術が世に現れてから暫くの時間が経つと、発生する犯罪の中には魔術師による事件が現れ始めた。新しい力を見つけた暴力を頼みとする犯罪組織は勿論その力に目をつけた。
魔術による犯罪が緩やかに増加を続ける中、警察組織は魔術による犯罪に対するマニュアルを持ち合わせておらず、下級の魔術師くずれにも手をこまねいてしまう様になっていた。犯罪を犯す魔術師くずれ達に対し拳銃の使用は勿論効果的ではあったが、それまでの警察組織の流れからして即座に発砲を試みるという選択肢が取れず、またファンタジー小説やゲームのように魔術師と分かりやすい格好をしておらず見た目は一般人と変わりないため、立ち姿から凶器の所持の有無による拳銃の使用許可の判断はおろか、そもそも魔術を脅威と判断しても良いかの基準すらも出来上がっていない始末だった。
そんな中、日本政府との強い繋がりを持ち始めていた魔術師教会へと政治家の人間が泣きつくのは時間の問題であった。因みに一部の人間が大元の元凶である魔術師協会への責任を追及したが、その意見は封殺された。
「魔術は万能では無いが汎用的だ。我々はこの現状に対する答えを提供することが出来る」
そう言って魔術師協会副会長は治安維持協力の名目の元に警察組織への介入を始め、何時しかその網は全国へと広がり、手始めには警察官への魔術の講習及び、対魔術師マニュアル作成のためにアドバイザーとして警察組織への高位魔術師の編入を行った。勿論その際に一悶着も二悶着もあったのだが結果的には魔術師協会の書いたシナリオの通りに事は運び、速やかに魔術師協会は警察組織の一端を担うこととなった。
そしてその後、速やかに魔術師協会は各都道府県に対し魔術的対策、簡単に言うと結界を張った。その結界の中では魔術師協会が提供をする道具を所持しない者には、魔術そのものが使用できなくなるというものであった。これにより魔術師崩れによる犯罪発生率は警察庁発表でほぼ0%までに低下し、魔術師協会は日本政府内において更にその地位を高めた。つまりは結界の維持を魔術師協会に委任したことで、治安維持の根っこの部分を魔術師協会の一存で左右できる状況を作り上げてしまった。勿論、魔術が関係しない事件に当たっては制服を着た警察官が当たることになってはいる。だが、一部の国民には魔術師に対し優位性を持つことが出来ない警官のことを制服組などと揶揄することもあり、それを目や耳にすることの多い現場の人間は歯を食いしばり公務を続けていた。
白衣を着た男、佐藤は自転車に乗り夜道を軽快に走っていた。乗っている自転車は所謂ママチャリだ。
電話で指定があった旧白石区役所は佐藤の住むアパートからは線路を越えると10分もしないで到着することが出来る距離だ。あの電話の後、佐藤は一度自宅アパートに戻り着替えを済ませると自転車に跨り目的の場所へと向かっている。
白衣が風になびく度にその間からは大きく黄色でスマイルマークがプリントされた深緑色のトレーナーがチラチラと見えた。ハンドルを握る手から少し体のほうへと目をやれば、トレーナーの袖の部分は白衣から少しはみ出しており、その部分は所々黒く焦げた跡が見て取れた。歩行者とすれ違う度に驚いたような目で二度見をされているが佐藤は別段気にした風は無かった。ペダルを漕ぐ足元は白衣から白のスラックス。足首の辺りは所々擦り切れており、よく見ると赤黒い斑点模様が浮かんでいる。そして顔には学校内では着けていなかった太い黒縁の眼鏡を掛けている。見た目の印象をあえて上げるとすれば少なく見積もってもセンスの欠片も見当たらない個性的な格好だった。
自転車はチェーンから油の切れた、きいきいという音を立てながらも佐藤を無事に旧白石区役所前まで送り届けた。佐藤は立ち入り禁止の看板の横に自転車を止めると元々備え付けられている前輪の鍵を抜いた。
辺りを見回すと先程まではちらほらとすれ違っていた他の通行人は見当たらない。頭上のオレンジの光を放つ水銀灯が佐藤の影を歩道に短く落としていた。
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