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「ようやくだ。ようやく接触をすることが出来た」


 小さな声で佐藤は無意識に呟いていた。

 佐藤は携帯電話を机の上にゆっくりと置くとその開いた手をきつく握り締める。

 家族を失い、名前を捨て、顔も変えた。あの時から全ては、この時を迎えるためだけに費やしてきた。失う物はもう何も残っていない。そう長くは無い自分の半生を振り返りながら佐藤は鼓動が早くなりつつあることを感じていた。

 日本各地の学校に赴任をし、その度に戦ってきた相手には地道に名刺を渡してきた。相手が行方不明になる前に幾つかの名刺は魔術師協会へと渡ることが出来ていたのだろう。努力の甲斐があって魔術師協会にしっかりと名前が売れていたようだ。今まで魔術師協会からの接触は無く、<PTA>を使って名前が売れているかの調査を行ってはいたが今一つ精度の低い情報しか得られず不安も大きかったのだが、今回の電話を受けることで佐藤は自分が行ってきた努力が実を結び、目の前にその果実を差し出された事を知った。

 

「長かった」


 もう一度小さく吐き出すように呟かれた言葉は特別教員室に消えた。

 今のこの社会は魔術師協会によって支配されつつある。きっと呆れるほど長い時間を掛けて練り上げられた計画は、一瞬にしてこの世界へ魔術の浸透をさせた。もはや何をしようとこの世界は魔術から抜け出すことは無いだろう。何れやってくる次の技術革新があるまでは。そしてそれは長い間訪れないだろうということも。


 全ては魔術師協会の掌の上だ。

 この学校や企業が必死になって行っている下級魔術師を使った縄張り争いなどはその最もたる物だ。派遣をした魔術師同士が戦い、負けた魔術師は<有効活用>される。マッチポンプも良いところだ。そして減った魔術師は直ぐに学校を卒業した若者達が勝手に補充をしてくれる。給料やその他の待遇、そして社会的に高い地位に登ることができる可能性が他の一般企業に比べ高いことも就職を後押しする要因だ。今や魔術師協会は若者の就職希望ランキング不動のトップとなった。

 勿論就職した者全てが魔術師になるわけではなく、事務員やその他の雑務をこなす人間の方が圧倒的に多い。その結果優秀な人間が秘密主義を貫いている組織に流出していくことを世界は止めることが出来ないでいた。

 

 佐藤は握り締めた拳をゆっくりと開くとパイプ椅子を引くとその座面に腰を降ろし、ぎしぎしと軋む椅子に背中を預けながら細く長く熱い息を吐いた。


――既に覚悟は出来ている。もう既に何も変えられないことも、全て無駄な足掻きだということも。全て理解をした上でこれから魔術師達に教えるのだ。この日本という国に新たな技術を持ち込んだという意味を正しく理解させ、後悔をさせてやるために。これは敗北者達の復讐だ。それが出来るならば潔く散ってやる。


 魔術師共に科学者達からの一撃を。

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