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 佐藤と黛の通学区域の戦いから2日が経った。うっかり連絡を入れる事を忘れていたPTA会長の井上と次の日に学校で顔を合わせると、始めはヒステリックな声で喚き散らしていたが、結果を聞くとまるで人が変わったように猫撫で声でその勝利を祝福した。因みに佐藤の頭からその話の半分以上は記憶から抜け落ちている。


 今までのところ、佐藤の携帯電話には黛からの連絡は来ていない。

 佐藤は何度か北白石小学校に黛の出勤を確認する電話をしていたがどうやら出勤はしてないとの事だった。非常勤講師との事だったので担当する授業が無かっただけなのかもしれないが、そこまでの情報を電話で聞きだすことは出来なかった。

 幸いといって良いのかは疑問もあるが、佐藤は学校内で担任を受け持っていないため教師としての仕事がほぼ無い。通学区域拡大戦や魔術に関する業務について派遣をされた教師であるからだ。折角取った教員資格が生かされていないのは不満であったが。

 そのため佐藤は所属する<PTA>を介して日本魔術師協会北海道ブロック札幌支部の動向を調べていた。

 その結果、<PTA>からの情報には北白石小学校には近日中に新たな魔術師が派遣されるということが分かった。


 



 特別教員室に佐藤の携帯電話の着信音が響いた。一昔前のゲーム音楽で、佐藤が40和音を駆使して入力をした自信作だ。着メロサイトにもmidiデータを投稿したこともあるが、16和音で十分だというのが佐藤の結論だ。

 佐藤はポケットから携帯電話を取り出し液晶画面に目をやるとそこには登録がされていない番号が表示されているが、気にせずに通話のボタンを押した。


「もしもし。どちら様でしょうか」

『……佐藤先生ですか。黛です』

「電話を掛けてこられたと言う事は、そういうことで宜しいでしょうか?」

『えーと、それよりも話が進展をしているというべきかこじれているというべきか悩むところです』

「成る程。ご用件は?」

『電話を替わりますのでお話を聞いていただければ助かります』


 電話先の黛はそう言うと誰かに電話を渡したようだ。がさがさというノイズが暫くの間聞こえていたがそれが収まると若い男性の声が聞こえてきた。


『<>の佐藤先生で宜しいですね?』

「ええ。佐藤ですが」

『私は日本魔術師協会北海道ブロック札幌支部白石区担当の加賀と申します』

「ご丁寧に有難う御座います」

『まずクレームを1つ入れたいのですが、当協会の職員を引き抜くのは止めて下さい』

「いやぁ、申し訳ありません。何せこちらも人手不足なものでして」

『それともう1つ。こちらが本題などですが、今夜旧白石区役所跡地でお待ちしていますので是非お越し下さい』

「いきなり今夜と言われてもそれは少し困ります」

『この電話は一度きりです』

「成る程」

『派手にやりすぎるのはいけませんよ、佐藤先生』

「ご忠告痛み入ります」

『それでは黛さんに代わります』

「いえ、結構ですので黛さんにはお伺いさせていただきますと伝えしておいて下さい。ご連絡有難う御座いました」


 電話の先から何やら黛の話し声が聞こえていたが佐藤はそれを無視して通話を切る。そのまま暫くの間は折りたたんだ携帯電話を握り締め、放心した様に立ち尽くしていたがその口角がゆっくりと弧を描くように釣り上がった。

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