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「行方不明って、冗談だとしても笑えないですよ」
黛は顔をしかめながらも残っているスープをレンゲで啜っている。その表情からは佐藤の話を欠片でも信じている様には見えなかった。
佐藤は1つ溜息を吐くと手にしていた割り箸をどんぶりの上に置き、木製の椅子の背に体重を掛けると、ぎしぎしと木製の椅子は悲鳴を上げるように軋んだ音を立てた。
「勿論いきなり信じて頂けるとは思っていませんよ。何時ものことですからねこの件は。今日のところは特に
証拠なども持ってきてないですからね。まぁ、皆さんこちらが証拠を提出しても信じてくれたりはしませんですから」
佐藤はそう言ってすっかり氷も溶けて温くなったコップの水を一息に飲み下すと、黛の方に姿勢を正して向き直る。
「皆さんの猶予期間は大抵1週間から2週間位しかありません。困ったことがあったら私の携帯電話に連絡を下さい。あ、黛先生は携帯電話持ってます?」
「あー、一応持ってますよ。仕事用ですから殆どこちらからは掛けることは無いですけど」
「じゃあ僕の連絡先を登録しておいて下さい」
「はぁ」
「これ、私の連絡先です」
そう言って佐藤は白衣の内ポケットから擦り切れた箇所が目立つ黒い革の名刺入れを取り出すと、その中から一枚の名刺を黛の前に置いた。
その名刺の会社名の行には杖に絡みつく2匹の蛇のマークの横と<PTA>の文字が書かれ、その下には佐藤と苗字だけが書かれている不思議な物だった。そしてその下には携帯電話の番号が記されている。
「……一応頂いておきます。連絡をすることは無いとは思いますけど」
「まぁ、お守りみたいな物だと思っていて下さい。使わなければそれに越したことは無いですしね。あ、うちの会社に来て欲しいのは本気ですのでその気になったら何時でも連絡を下さいね」
「それも無い話だと思います」
黛はそこで話はこれまでと言う様に、殆どスープも残っていないどんぶりの中にレンゲを置くと椅子から立ち上がる。そして隣の椅子に置かれたハンドバックを手に取ると中から財布を手にしようとしたところ、それよりも少しだけ早く佐藤が椅子から立ち上がりレジがある入り口の方へと歩いていく。
「お付き合い頂いたのでこれ位は私が払っておきますよ。ラーメンで申し訳ないですけど。あ、近日中に魔術師協会から支部に来る様に言われたら十分に注意して下さいよ。では」
足音に気付いたのかレジ前にやってきた主人にぴったりの料金を支払うと佐藤は店を出て行く。店に残された黛は小さく溜息を付いた後、主人に軽く頭を下げると店の外に出た。
時間は既に22時を少し回っている。駅前と呼ばれる地域だが、一本中道に入ったこの住宅街にあるこの店の周りはやや薄暗い。黛の家はこの店から歩いて15分ほどのマンションだ。そこまでの道を思い浮かべながら暫くの間駅前通を目指して歩いていると、不意にぞわりとした感覚が全身を襲った。
黛は足を止め、周囲を見回すと駅前通に近いこの場所にしては不自然なほどに人や車通りが無い。そしてこの感覚は良く知っている。
「……さっきのラーメン屋でフラグ立てたんなら回収が早すぎると思うんだけどなぁ」
魔術師が魔術を使う際の構成が黛の周囲を包み込むように展開をされていた。
恐ろしいほどに綿密なその構成に黛は溜息を漏らしそうになる。魔術師協会に所属をしている者ならそれがどれ程の技術が必要なのかを理解できるだろう。そして抵抗は無駄だと。
「<移動>の魔術なんて今の技術じゃ使えないって習ったんだけどなぁ」
次の瞬間、黛の姿は消えた。
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