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「で、佐藤先生。何で一緒にラーメン食べることになってるんですかね」

「え、晩御飯まだでしたから。美味しいですよここのなつかしラーメン。黛先生はラーメン嫌いですか?」

「いえ、そういうことじゃなくてさっきまで殺し合いをしていた相手とラーメン食べてて良いのかなって思うことはおかしいですかね?」

「だってほら、試合後はノーサイドって言うじゃないですか。それに黛先生も晩御飯食べてないって言うからどうせなら親睦を深めようと思って。私最近赴任してきたばっかりで知り合いとか居ないんですよね」

「いや、まぁ別に断る理由も無かったし、規則にも宣戦布告した学校の相手とご飯食べるなって書いてはいなかったですけど、なんか、こう、モヤモヤした感じが」

「あ、来ましたよなつかしの醤油」

「人の話聞いてないし」


 佐藤と黛の2人は北白石小学校のグラウンドを後にすると白石駅近くの小さなラーメン屋のボックス席で白いテーブルを挟んで顔を突き合わせていた。その白いテーブルの上に高齢の主人が昔風ラーメンと呼ばれるシンプルなラーメンを2つ置き、軽くお辞儀をするとカウンターの奥の部屋へと戻って行く。

 店の中には佐藤と黛の2人以外は誰も居なかった。


「では2人の無事をお祝いしてー」

「私は全然お祝いできないんですけど」

「それは横に置いといて、頂きます」

「……頂きます」


 ぱちんと手を合わせてからラーメンを食べ始める佐藤をよそに、黛は形のいい眉を歪ませながら不本意そうに呟いた。


「はぁ。負けちゃったしクビかなぁ」

「暗い顔してないで早く食べないと麺延びちゃいますよ」

「佐藤先生はいい性格してるって言われませんか?」

「ポジティブだとはよく言われますねー」

「多分それ皮肉ですよ」

「成る程」


 佐藤はそう言われ思い当たる節があったのか顔をしかめた。


「まぁ、黛先生とこうしてラーメン食べてるのは単にお腹が減ってたからだけじゃない訳でしてね」

「はぁ、何でしょうか。結構落ち込んでるんですけど。あ、ラーメンはホント美味しいですね」

「黛先生は特別教員枠で赴任中ですか?」

「ええまぁ」


 黛は佐藤の話を半分聞き流しながらラーメンを食べている。傍目からは全く興味を持っては居ないように見えた。佐藤はレンゲでスープを一口飲むとうんうんと1人で頷いた後口を開いた。


「魔術師協会辞めてうちに来ませんか?」

「ぶふっ!」


 佐藤の言葉に黛は飲み込もうとしていたスープを吐き出しそうになるもギリギリの所で持ちこたえ、咽込みながらも辛うじて口内の物を飲み込むことが出来たようだった。その後暫くすると落ち着いたのか、ラーメンの横に置かれたおしぼりで口を押さえると半眼で佐藤を睨みつける。


「あ、ごめんなさいね。驚かせちゃいました?」

「……」

「いやねぇ?黛先生さっきクビかなぁ何て言っていたでしょう?契約の内容は私には分からないですけど学校からはいい顔されないですよね?多分上の人からも。結構厳しいみたいじゃないですか、魔術師協会」

「……まぁ、そうです。っていうか佐藤先生はさっきから魔術師協会の人間じゃないような話してますけど違うんですか?魔術師ですよね?」


 口からおしぼりを外した黛は不機嫌そうな顔で佐藤に質問をする。おしぼりにはうっすらと口紅のあとが付いている。


「あ、私は魔術師協会の人間じゃないです。あと言い方の問題ではありますけど魔術師ではないですよ」

「はぁ。じゃあ何処かの企業とかからの斡旋ですか?」

「いえ、商工会会員です」

「商工会?魔術師ではない?」

「ええ。教育委員会を通して商工会から北郷小学校に赴任しています」

「魔術師ではなく教育委員会?ますます意味が分からないんだけど」

「まぁ今はそんな物があるって思っていただければ良いですよ。ここから先は少し真面目な話なんですが、今回の負けは魔術師協会の上の人に伝わりますよね?」

「でしょうね」

「で、学校側が希望すれば新しい魔術師が派遣される可能性がありますよね?」

「まぁ、そうだと思いますけどね」

「黛さんは今までそういったご経験はあります?」

「……今まではありませんよ。佐藤先生に負けたのが初めてです。結構人の傷口抉ってきますね」

「それは良かった」

「良かった!?」

「黛さんは契約不履行で魔術師協会に戻った方の話しを聞いたこと、ありますか?」

「あなた人の話聞かないですよね。……そういえばそんな話はあまり聞かないですよね。何でだろ」


 黛は少しの間首を傾げて思案した後不思議そうにそう言った。佐藤はスープの下に隠れていたシナチクを見つけると嬉しそうにそれを口に運び、歯ごたえのあるそれを十分にかんだ後咀嚼した。


「これはほぼ間違いない話なんですが、魔術師協会との契約時に記憶の改ざんが行われるよう旨の条項があるみたいですよ。写しも手に入れてますし」

「は?」

「魔術師との契約なんてそんなもんですよ。何をされるかわかったもんじゃない」

「……それが本当だとして、契約不履行になった人はどうなるんですか?」

「行方不明になります」

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