21.苺な電撃キタ──('∀')──ッ!!
武智が開けたドアに、琴子より小柄な女性が溌剌とした笑顔で入ってくる。応接ソファーにいる英児と目が合うなり、喜び一杯の顔。
「初めまして。琴子さんの後輩で、上甲紗英と申します」
『上甲紗英(じょうこう・さえ)』。確かに、琴子が『さえちゃん』と呼んでいたバリキャリ女子の彼女だった。
英児も席を立ち挨拶。
「初めまして。滝田英児です。彼女から新聞社にお勤めで、とっても頼りがいある方だと聞いております」
見るからに活発そうな雰囲気で溢れている。そんな紗英は英児を見てずっとにこにこしている。
「やっとお目にかかれました。あの琴子さんが運転免許を取ったり、フェアレディZに乗って来ちゃったり。そこまでさせてくれた男性なんてすごいなって、もうもう早くお会いしたかったので、とっても感激です!」
うわ、本当にぽんぽん喋る子だぞ、これは。
普段は控えめな琴子を相手にしてるだけに、英児はたじろいでしまう。
「本日は当店へどのようなご用でしょうか。あちらのお車、なにかお困りですか」
ひとまず『客』と見て用件を尋ねてみると――。英児ばかり見ていた彼女が、やっと雅彦がいることに気がついた。
「あ、本多さん」
英児の目の前で、雅彦もあからさまに顔をゆがめている。もう言葉も交わしたくない様子だった。だからここは英児から。
「俺が、彼のデザインを気に入ったので、」
「龍星轟の女性用ステッカーのデザインを依頼した――ですよね?」
彼女が英児の言葉の先を言ってしまう。
なにもかも知っている様子で、英児は絶句――。
すると紗英は小脇に抱えていたペーパーバッグからなにかを取り出し、英児に差し向けた。
透明なセロハンに包まれリボンをかけられた鉢植え。
「ご結婚、ご入籍、おめでとうございます」
どうやら、その鉢植えは『結婚祝い』ということらしい?
「とりあえずで申し訳ないのですが、どうしても今日、心ばかりのお祝いを届けたくて……」
「そうでしたか。わざわざ、有り難うございます」
初対面の、嫁さんの友人からお祝いのお届け物。戸惑いながらも、英児はそれを快く彼女の手から受け取った。
「もうびっくりしましたよ。今日のお昼に琴子先輩から連絡があって『大晦日に入籍したから』なんて。あの琴子さんが、そんな『突発的なこと』を決行するだなんて本当に信じられない。でも『それが英児さんだから』とか惚気られちゃって、もうこっちもどーんと来ちゃいましたよ」
「いや、その。はい、自分はそういう男なもんで」
だが、紗英はまた元気いっぱいの輝く瞳と笑みで英児に向かってくる。
「いいえ! もう私、すっごい感動しているんですよ。ほんっとうに滝田さんて、琴子さんを連れ去るロケットみたいですね。あ、ロケットって……琴子さんがそう言っていたんです。彼といるとロケットに乗ってすっ飛んで行くみたいだって……」
女の子同士、気兼ねない会話の中では、あの琴子も自分の気持ちをすらすらと伝えてしまっているよう。紗英の背後にいる武智が『ぷ』と笑ったのが見えた。
眼鏡の後輩の目が『ほんと、ほんと。ロケットみたいに琴子さんを乗せて、大晦日に入籍しちゃったんだもんね』とからかっているのが、英児には分かってしまう。
「でも。入籍報告があったその日に。まさか。本多さんがここにいるなんて思わなかったな」
今度は一変、冷めた眼差しが雅彦に向けられてしまい、英児はひやり。琴子を冷たく捨てた男が、捨てた女の新婚の夫となにをしているのかと、その達者そうな口で『はっきり』言いそうではらはらする。
「えーっと、この鉢植え、何の花なのでしょうね。俺、疎くて」
その場をなんとか誤魔化そうと、頂いた鉢植えについて早速、英児は尋ねてみたりする。
緑の葉ばかりで、何の花が咲くのか想像もつかない。
紗英もそんな英児が作ろうとしている空気に気がついてくれたのか、英児をしばしじっと見つめると直ぐに元のにっこり笑顔に。
「ワイルドストロベリーです」
ワイルドストロベリー? 英児と武智はそろって目をぱちくりさせる。雅彦は既に知っているような顔をしているが、バッグに原稿をしまいこみ今にも帰りそうな勢い。
「ヨーロッパでは幸せを運ぶ、アメリカでは奇跡を運ぶといわれている植物なんです。ほらここに、隠れているけど一つだけ赤く実っている苺があるんですよ」
紗英が指さす葉の陰に、本当に小さな赤い実を英児も見つける。確かにイチゴだ。しかも『幸運を呼ぶ、奇跡を呼ぶ』植物だなんて。なるほど。それで結婚祝いにと選んでくれた気持ち、英児も思わぬ祝福に嬉しくなる。
「ありがとうございます。琴子が喜びそうですね。自宅に飾らせて頂きますね」
英児の喜びの笑顔に、紗英も嬉しそうに頷いてくれる。
「では、滝田社長。私はここで失礼させて頂きます。後日、連絡を致しますね」
雅彦が帰ろうと席を立ち上がり、英児に一礼。紗英ももう触らずに知らぬ振り、でもやっぱり面白くなさそうな顔をしているが、穏便に流そうとしているのが英児の目にも見て取れた。
だが、雅彦が事務所を出て行こうとするその時。紗英が急にワイルドストロベリーの鉢植えに向かって大きな声を張り上げた。
「ワイルドストロベリーって。蝦夷蛇苺(エゾヘビイチゴ)とも言われているんです。本当はヘビイチゴ種ではないのに『ヘビがいそうな場所でも逞しく生える』というイメージで、そう呼ばれているんです。それだけ野趣的で丈夫なんだそうです。こんな小さな苺でも逞しくかわいく実るってこと。琴子さんみたいでしょ。幸せになって当然だと思うんですよ」
それが……。琴子の後輩として、冷たく捨てた男への精一杯の抗議のようだった。
だが、英児はそれを聞いて、なんだか感動!
「そんなイチゴなんですか。うん、そう言われたら、こんな小さくてもかわいい赤い実を頑張って実らせるのは彼女ぽいかも。それに彼女、かわいいものが好きだから、きっとこれも喜んで世話するんじゃないかな」
夫になった英児の言葉に、紗英がまたにっこり。
「でしょう! そうなんですよ。もう琴子さんって、女の子らしくて、いつまでもかわいらしくて。でも、小さくて目立たなくてもどんな所でもどんな事でも頑張っちゃう。けっこう芯が強くて、頼りなく倒れそうになるんだけど立ち上がっちゃう。この苺をいつかプレゼントしたいなーと思っていたんです」
「うわー、俺も嬉しい。こんな彼女にぴったりの……」
そこで英児はハッとする。帰ろうとしている雅彦に言いたいことが出来た! だが、事務所のドアを開けて出て行こうとしていた雅彦も同じように目を見開いて英児を見ている。
男二人、なにか同じ事を感じている! 英児にもいまビリってきた!
「それで。この小さな苺。けっこう香りが強くて、それがまた、女の子らしい琴子さんぽいかんじなんですー。琴子さんっていっつもいい匂い。がさつな私の憧れなんですよー」
さらに付け加えてくれた紗英の言葉にも英児はビリリっと来て、雅彦と話し合っていたガラステーブルに鉢植えを置き、琴子が帰ってきていないのにリボンをといて包みを開けてしまう。
開けてすぐ。紗英が教えてくれた既に実っているイチゴを探し、英児は指先に触れてみる。
本当に小さい。でも真っ赤。小さくても存在感がある。そして香りは……? 鼻を近づけてみる。
「これ……!」
もう一度、小さなイチゴの香りを吸い込む。今度はビリじゃなく、ざざっと鳥肌が立った。
「これ。琴子の匂いに似ている。なんだろ、作り物じゃない、自然の香りっていうか……。野性味? 彼女に、野性味……はおかしいけど、こんなかんじの匂い」
『自然と放たれる甘い匂い』。それだった。そっくりというわけじゃないが、匂えば『これって女の子の甘酸っぱい匂いと似てる』と言いたくなる。この野生的なイチゴが『自然界の匂い』ならば、女の子のそのまんまの匂いも『自然界の匂い』というべきか。
「すみません。俺もいいですか」
あんなに帰ろうとしていた雅彦が戻ってきてしまう。英児と肩を並べ、小さなイチゴに触れて匂いを確かめている。彼もびっくりした顔?
「近年、幸せを呼ぶワイルドベリーとか持て囃されていたので『またそんな……』と聞き流していたのだけれど。こんな鮮烈だなんて」
それだけ言うと、雅彦はその場で急にスケッチブックを取り出し、スケッチを始めてしまったので英児もびっくり。
だが、やっぱり。同じ電撃と感動を共有したのだと英児は確信した。
「本多君。これ、使えないかな」
「使えますよ。さっき上甲さんが『ヘビイチゴ』と言いましたよね。それなら『ドラゴンベリー』にしてみてもいいかも」
うわ、それすげえいい!
男二人顔をつきあわせて、思わず頷き合ってしまう。
「俺、帰ってさっそくデザインしてみます」
ささっとスケッチを終えると、雅彦は今度こそ事務所を飛び出していった。
静かになった事務室。店先から消えていくミニクーパーを、紗英が黙って見送っている。
「デザインという仕事のためなら、クライアントが元カノの旦那さんでも平気なんですね。琴子さんがおつきあいしていた頃から、本質は仕事が優先の冷たい男性だとは思っていたんです。琴子さんだから……」
英児も分かる。優しい琴子だから、好きになった男をよく見て、気遣っていたのだろう。その良さを大事にしてくれなかった。そう言いたそうな怖い顔をしていた。
だが、英児はそんな小柄だけれど気が強そうな琴子の後輩を見て、そっと微笑む。琴子にこんな心強い女友達がいてホッとした。そんな気持ち。
「これ。直せるかな。琴子にはリボンをつけたまま渡したかったな」
テーブルに散らかしてしまったラッピングを、元に戻そうとしてみるのだが。そこで紗英がほどいてしまったリボンだけを手に取り、緑の葉に結んでくれる。
「琴子さんは体裁なんか気にしませんよ。気持ちを大事にしてくれる女性ですから」
うん。その通りだ――と、英児も頷ける。これは本当に良い友人だと。
「出来たら、紗英さんの手から琴子に渡した方が良かったのでは。あ、お車のこと……ご用件は」
改めて訪問してくれた訳を聞いてみると、紗英がそっと首を振る。
「いえ。わざと、琴子さんが不在の時間を狙って、滝田さんを訪ねてきたんです」
それ、どういうことか。と、首をかしげる英児なのだが。
また小さな彼女が目をきらっと輝かせ、満面の笑みで英児に言った。
「実は、琴子さんが考えている『内輪だけの親族披露宴』とは別に、『友人主催の披露宴』をしようかと思っているんです」
「え、友人主催?」
「琴子さんから、内輪だけの結婚式をするとお聞きしています。あまり大きな披露宴にはしたくなかったのだと。そのことは、私も他の先輩も事情を聞いているので、招待がなくとも琴子さんが選んだ式をしたらいいよ――と理解しています。だけれど私達女性側の友人は、とくに琴子さんと同級生の先輩達は『琴子には祝ってもらったのに、私達が祝えないのは寂しいね』と言いだして。それに『走り屋の旦那さん』をじっくり拝みたいんですよねー」
友人達の気持ち。そして女性達の好奇心から出てきた企画――ということらしい。
走り屋の旦那を拝みたいは、ちょっと引っかかる英児だが、『琴子にお返しがしたい』という友人達の気持ちは無にしたくなかった。
「ありがとうございます。自分も、野郎共には琴子を紹介する機会がなかなかなくて。飲み会で集まっては『式に招待しないなら連れてこい』と言われます。ですけど、俺の場合……その、けっこう大所帯で」
元ヤン同級生に、走り屋時代の知り合い。現在の店を通しての走り屋知人もいて、とにかく英児が一声かけると、あちこちから集まってきてしまう。どこまで招待をしてどこまでを我慢してもらうか。その境目も分からない。琴子が持つ『家族親族、同僚友人』とはバランスが取れず、それもあって『内輪で』に決めたのだから。
ところが、またまた紗英の眼差しがきらきら輝きだす。
「そっちも楽しみ! それって元ヤンさんに、走り屋さんが集まるってことでしょう!」
会ってみたいーー、話してみたいーーと、なんだかそれが目的のような紗英に、英児は目を見張ってしまう。それでも紗英はどんどん話を進める。
「琴子さんの友人代表幹事は私がすることになっています。それで、滝田社長側の友人代表幹事を選出して頂きたいんです」
すっっげー、話が早っ。これって俺以上に弾丸ロケットなんじゃね? 英児はおののいた。
しかしそんな英児の戸惑いなどそっちのけで、側で控えていた武智が急に手を挙げ割って入ってきた。
「それ面白そう。俺、タキさん側の幹事に立候補」
「ほんとうですかー。あ、もしかして。滝田さんの後輩の武智さん? 琴子さんから聞いています、社長さんの高校時代の後輩だって」
「そうです。俺も後輩だから、後輩同士でどうかな」
そう言って、武智はもう携帯電話を手にしている。それに合わせるように紗英までも、携帯電話を手にしている。
「琴子さんの親族披露宴は、ざっくばらんな家族会食を考えているようなので、友人側は洒落ていても砕けている立食パーティーとかどうです?」
「いいね。会費をちょっと積んでもらって。こっちの野郎共は大食らいだし人数いるから、それがいいかな」
なんて話しながら、お互いの携帯電話片手に向きあいもう連絡先を交換。なんという手早い後輩達?
「そんな感じでもいいよね。タキさん」
武智の眼鏡のにっこりに、英児はつい『うん。任せる』と頷いてしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます