epilogue 東の風が吹けば

 告白いたします。

「二人とも、今回の仕事、ご苦労だった」

「いえ、もったいないお言葉でございます」

 私は、私たちはあのひとたばかりりました。

 外国の家具のひやりとした質感が、ひときわこの御家の高貴を主張する、いっそどこか空疎な部屋。静謐せいひつの空間に私と梅、そしてもう一人。

 一際豪奢ごうしゃな椅子に座っているのは、温厚な雰囲気をもちつつも、威厳を失わない壮年の男性。

 あの〝あざみさん〟の父親であり、この国の外交を取り仕切る人物。いつか娘の下女にと、私たちが道端で途方に暮れるのを救われた時には、ただただ命を救われた恩義だけで、この方が大きく見えたものですが、多少なりと学を得た今では、その血筋それ自体の稀なること、本来ならば私たちが声を掛けられるところか、お目にかかることすらありえない方だと、理解したのです。

 私たちは、この方のはかりごとの役者でした。薊さん――お嬢様が、少女でいられる最後の時を、決して後悔のないよう作り上げるのが私たちの仕事でした。

 ですから、お嬢様が卒業された今、〝少女〟の学友だった少女も消えなければなりません。この先は少女ではいられないのですから。

 薊さんは今頃、今後の身の振り方を教わるための教育係の、その顔を見て、仰天なさっていることでしょう。

 私達は将来的に、お嬢様の秘書として働くことになっています。しかし、学友の役をやっていた手前、いつまでも学校気分では困りますので、当分の間、私と梅さんは外国にいて、違う仕事をすることになっています。

 その間に、私もすみれを消さなければなりません。

 これから先は国家に関わるのですから。

「さぁ、いこうか」

「ええ、そうしましょう」

 きっとまだどこか罪障感ざいしょうかんの残っていた私と対照的に、新天地への希望に目を輝かせる梅さん。

 この人だけは、変わらないのだなと思うと、どうにも嬉しさと羨ましさで、不思議な気分になります。変わらないでいられる幸運は、いっそ妬ましいくらいですけれど、私が変らざるを得ないからこそ、その分まで変わらないでいて欲しいのです。

 それが、薊さんとすみれの誓いがあったことの証になるのですから。

 私は、あの女を騙しました。

 だけど、あの日の誓いだけは、きっと果たしましょう。

 他の何が変ろうとも、行く先まで供に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女開花の音がする 大蔵くじら @umanohone7700

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ