花は盛る


「お姉様、どうかお体に気をつけて」

「貴女こそ、流行病はやりやまいなんかにかかってはいけないわよ、今までどうもありがとう……」

 いくつかのの季節が廻りました。

 暁天の木は、この時期だけ花が咲き、特別ないろで卒業していく少女を見送るのです。木の下には、普段は人も寄り付かないというのに、この日ばかりは生徒たちが集います。

 写真撮影のスタジオが出張してきて、卒業後、彼女らの照明となる写真を一枚と、学友やお世話になった人、寄宿舎のルームメイトなど、それぞれの大切な人との写真を一枚、撮影してもらえるのです。

 各々が、どこか似ていて、決定的に違う心持で、この日を迎え、閉じこめるのでしょう。

「すみれさん、私たちが卒業する時は、きっとこの木の下で、写真を撮ってもらいましょうね」

「それはとても素敵ですね。是非、きっとそうしましょう」

 ほとぼりも冷め、暁天ぎょうてんの木の下には、別れの後の余韻に浸る在校生ばかり、私たちは、お互いに交友のあったお姉様のお見送りの後、たまたま居合わせたのでした。「そういえばあざみさんと同室だったお姉様は、卒業後どうなさるの?」

「それが、縁のある家にご奉公するのですって。とっても綺麗な方だったから、私、どこかの名家に嫁がれるのでしょうと思っていたのだけど。――ご奉公に出られると知っていたら、いっそ我が家でとお誘いしたかったものです……」

「覆水盆に返らず、です」

「ふふ、まったくその通りですね。本当に、公開の限りですけれど」

 その日は、もう後は寄宿舎に帰るばかりだったので、私たちは時間の許す限り、二人で淋しさを紛らわすように、できるだけ楽しい気分で、お話をしました。

 そして、誓いを交わしたのです。

「まだまだ先のことですれど。すみれさんは、卒業後はどうなさるおつもりなの?」

「実は……私もどこかにご奉公に出ようと思っているの」

「まあ! ご奉公先は決まっているの?」

「いいえ、どこに行くということはないの。学校からご紹介願おうとは思っていますけれど」

「それなら私の家なんてどうかしら? 私の秘書として卒業後もご一緒するの」

「そういえば前に言ってらしたわね。いずれは婿をとってお家を継ぐって」

「ええ、私以外の子に恵まれないまま、お母様は薨ってしまわれたから、後妻を取れと周りがいくら言っても、お父様は聞く耳をもたなくて……」

「……ご奉公願うのもいいかもしれないわね。先のことなんて、その時にしか分からないですけど」

「そうね。でも私の心はもう決まりましたから、揺らぎませんわ」

「その時が来て、誓いを立てるのは私の方ですけれど」

 そう言って、私たちは指切りをして、約束を交わしたのです。


 ――きっと私たち二人は、行く先まで供に。


 すみれさんが私の前から姿を消したのは、二年後のその春の日でした。

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