蓮の頃

あざみさん、寄宿舎での生活は慣れましたか?」

「ええ、最初は不安でしたけれど、同室のお姉様もよくしてくださってますから」

 それから数カ月ほど、どこかしこで風鈴の合唱が聞こえる初夏はつなつの寄宿舎で、ばったりと。思えば久方ぶりの交友でした。

 組分けで別れた結果、私たちにはそれぞれに違う友人も出来ていたので、なかなか話す機会もありません。また、お互いに依然とした特別感は持っていましたが、特別に時間を設けてまで話すこともありませんでした。組が違えば、流行はやりの話題も違いましたから、自然のことでした。

 あの木の下で出会った時は、二人ともまだまだ上手く紡げていなかったも、この数カ月のお勉強の効あって、すっかり口に馴染んだものです。学校では話の内容こそ違えと、皆月並みの言葉を喋るように——いえ、お話するようになりました。

「それはようございました。私の方は……少し難ありと言ったところでしょうか……」

「そうなのですか? 学校ではすっかり人気者な様子をお見掛けしますけれど……」

「ええ、学校では平穏無事に過ごさせていただいています。ただ、寄宿舎では同室の方が、その……少しばかり不調法な方な者で……」

「すっかり手を焼いている。と」

「まあ、有体に言ってしまえば」

 陰で個人を乏しめているようで行儀が悪いとの自覚はありましたが、久しぶりの会話だと言うのに、あまりに日常の話だったためか、あまりに会話それの通りがよいのが不思議だったのか、おかしくて、またあの日のように二人で笑ってしまいました。

「私、同室になるなら、どなたかお姉様方がよかったわ」

「そうですか? 消灯時間が過ぎても気兼ねなくお話しできる友人と一緒なのも、私からすれば魅力的ですよ」

「“気兼ねなくお話”なんてものじゃありませんよ。梅さんは」

「ああ、同室の方は梅さんでしたか、それはそれは……」

 梅さんは二人の共通の知り合いでした。此方は学校で、彼方は寄宿舎で、彼女の苛烈とも言える行動に私たちは後々も振り回されるのでした。

「そういえば、梅さんは薊さんと同じクラスでいらっしゃいましたね」

「はい。間々お昼をご一緒しますが……ええ、またとない方でいらっしゃいます」

「この前なんて、突然歌劇が見たいとおっしゃって……私まで一緒になって寄宿舎を脱走してしまう寸前でした——午前三時のことです」

「それはそれは……貴重な経験ですね」

「そんな、「他人事だから……」なんて目をしないでください――」

 誤解なきよう弁解をするならば、梅さんはそのように奔放であっても、決して悪人ではなく、むしろ善人よりも善人であると言えるでしょう。爛々らんらんと輝く瞳が何よりもそれを物語っていました。

 そうしてその後も、梅さんの話題で、私たちは数刻ほど話し続けました。

 途中、

「もしかして、私たちにとって本当に“特別”なのは、梅さんでは?」

「ええ、きっと、きっとそうです」

 と、突然不可思議ふかしぎな方向に話が飛んで行ったのは、ひとえに“梅さん”の人柄故……といったところでしょう。

 気付けば驚くほどに時間が過ぎていて、慌てて「それではまた」と決まり文句を交わしてお別れしました。それからも、偶々の機会に顔を合わせれば、時間の許す限りお話をする。私たちのそんな関係は、以降も続きました。

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