少女開花の音がする

大蔵くじら

Prologue

 告白いたします。

 私は、あのひとを謀りました。あの時分の、可愛らしくも無知だったあの女を騙したのです。

 あの女と出会ったのは、丁度今と同じ季節。

 天変の風が、咲き乱れる花々を散らす春のことでした。

 まだあどけないあのひとは、学校の象徴である樹齢数百年と伝わる古木を仰いで、立ち尽くしていました。

 それはきっと、不思議なことではありません。なにしろその木は、あまりにも巨大だったからです。運動場の真中に太い幹を置き、広く大きく伸びた枝葉が地面を埋め尽くさんばかりに影を作っていて、空想の菩提樹ぼだいじゅもかくや、とばかりに荘厳に君臨していました。

 あの女と同じ新入生であった私も、他のものが目に入らないほど、圧倒されていました。気付けば思わず、君主に忠誠を誓った侍のように、傍らに寄っていって尊崇の眼差しで、その巨木を見上げていたのです。

「すみません、気付きませんでした。上ばかり見ていて……」

「気にしないでください、私もそうなの」

 あの女も同じように、古大木の雰囲気に充てられたのでしょう。気付けば、根本の方までやってきていた私たちは、そこで初めてお互いの存在に気付いたのです。

 新入生同士、必然初対面であった私たちは、少し気不味くあって、二人して気を逸らすようにまた木を見仰ぎます。

「大きな木ですね」

「ええ、姉様からお聞きしましたけど、なんでも暁天ぎょうてんの木と呼ばれているそうです」

「仰天の木、ですか。——そうすると私たち、なんと矮小なことでしょうね」

「……気分としては同感ですが、おそらく、想像している字が違いますよ」

「そうなのですか? それでは、どのような字を?」

「天下の暁を見てきた木、という意味で、暁の天と書いて暁天、と言うのです。もっとも、私も姉様に同じ質問をして、そう教わったのですけど」

 私たちは、暁天の木を仰ぎながら、くすくすと笑いあいました。

 少しそうしていて、私たちはほとんど同時に、自分の名前を名乗りあったのです。

「申し遅れました。私、すみれと申します」

「ああ、ごめんなさい。私は、あざみと言います」

「入学式もまだですけど、私たちお友達になりましょう?」

「もちろん。きっといい関係になれます」

 言葉にしなくとも、きっとこのとき私たちは同じ思いを交わしていました。これはきっと、古の大樹に宿る神様の導きなのだと——。

 これから欧羅巴ヨーロッパの基督の精神を学ぼうと言うのに、なんとも日本的な考えだと、後になって笑いあったのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る