落ちる
暗転は一瞬だった。すぐに視界に光が差し込んできた。その明暗の連続にまたもや視界がぼやけてしまう。
……すごくうるさい。また俺は耳をふさいだ。だが、音の種類は先程と違っていた。銃声ではない。何かが風を切るような音だ。バババババと周囲全体から体に響いてくる。
徐々に視界が鮮明になってきた。どうやら何かの乗り物の中にいるらしい。
狭い空間に先程同様あまたの人が閉じ込められている。座席指定なのだろうか、真ん中に通路を挟んで二席ずつの座席シートがずらっと後ろまで続いている。先程までの狂乱な様子に比べると全員大人しく座っている。それも真顔で姿勢良くだ。
「もうなにがなんやら全く分からないな……」
どうやらこの乗り物は空を飛ぶ大きなヘリコプターのようなものだろう。その中におそらく先程の全員が収容されている。いよいよ世紀末で終末戦争感が増してきたかもしれない。もうほんとに何が何だか分からなさ過ぎて頭に穴が開きそうだ。
──気づかなかった。俺の視界の端に先程のような半透明のものが今度は複数現れていた。
左上には横に細長い長方形。視界中央下にはもう一つ同じような長方形が左上のものよりはもう少し大きくある。右下には正方形の地図……?だろうか。中央で光点がピコピコしたまま地図が動いていく。これは自分の現在地でこのヘリがかなりのスピードで進んでいるのだろうか……。そして右上には「97 ALIVE」との二単語。
先程と同様首を振ってみてもそれは視界の所定の位置に固定されているようについてくる。違和感に少し酔いを覚え、一度大きく空気を吸って吐き出す。腕に空気の流れが感じる。
とりあえずどういうわけかは全く分からないが、見えてしまっている以上受け入れるしかないのだろうか。少し酔ってしまっただけで、今のところ他に実害はないからこれに関しては一度放っておくことにする。実際、視界に直接地図が見えるのは何か役に立ちそうだし。
一度落ち着いたところでふと、窓際の隣の席を覗いてみる。すると驚いたことにさっき俺にマシンガンをぶっ放してきた奴だった。一度落ち着いてきた心音がもう一度テンポを上げる。撃たれた恐怖がもう一度俺を支配し、鳥肌がびっしり両腕を覆いつくす。
だが、そいつは何の気なしにそこで座っていた。さっきのことなどまるでなかったようにその青い目が一定のテンポで開閉されている。
銃さえ持っていなければ怖いことはない。それに先程は撃たれたとはいえ、当たってはなかったので、恐る恐る俺は少し話しかけてみることにした。
「なあ……。ここはどこだ? どうして俺を撃った?」
素朴な疑問だった。ここはどこで俺はどうしてこんな無法地帯に放り込まれているのか。もともとこんなところに住んでいた可能性も否定できないがさすがにこれほど荒れ果てた場所に日本語を使う俺がいるのはなかなかぶっ飛んでるんじゃないだろうか。
返答を待つがそれは返ってこないどころかこちらを見向きすらしない。おーいと顔の前で手を振ってみても反応すらない。
「あのーすいませーん!エクスキューズミー?」
これは無視されているのか。さすがに少し頭にきてその男の肩を掴み前後にゆする。だが反応はない。
ちょっとお返しに一発ぶん殴ってやろうかと考えたその時だった。そいつがぱっと消滅した。頭から足まで、服も全部。座っていた座席はそれまでの重さでへこんだままだ。
「人が……消える?」
またもや訳も分からぬ事象に相まみえてしまって頭が混乱させられてしまう。記憶喪失といい、マシンガンで撃たれたりといい、そろそろ脳に重大な異常をきたしてもおかしくないかもしれない。
きょろきょろと辺りを見回してみる。すると先程まで満席だった座席にちらほらと空席ができていた。
「他にも消えたやつがいる……?」
どうやらこのヘリの中では人が消えるらしい。そろそろSF映画の世界にいると思った方がいいかもしれない。このままなんでもかんでも驚いていたら考えすぎで死んでしまいそうだ。
などと考えている間にもまた消えて行く。すでに最初の半分ほどまで人数が減ってしまっている。視界右下の地図は止まることなく動き続けている。
ふと気になって空席になった窓際に移動し、外を覗いてみた。
はるか上空から見た窓の外は壮大な景色だった。海に囲まれた島が海外線に白い波を立たせている。大きさは十キロ四方くらいだろうか。その台地には山があり、平地があり、森があり、川があり、砂漠があり、そして住宅街が所々に広がっている。そして、海に潜りかけている太陽がその全てを真っ赤に染め、点々と各所に立っている鉄塔は長い影を引いている。
「綺麗だ……」
心から、美しいと思った。こんな世界がこの世には存在していたのか。それほど大きくない島に様々な気候が共存している時点でありえないと思うが、俺は実際にいま目の当たりにしている。このヘリの外に実在している。
もう一度、機内の方へと目を向けてみたが、もうほとんど機内に人はいなくなっていた。島の中央を通るルートで横切っていたこのヘリも、かなり島の反対側まで来てしまったようだ。
このヘリの向かう先はどこだろう。俺ももしかしたら消えてまたどこかに行ってしまうのかもしれない。そう思った時だった。
世界が、反転した。それまで見ていた外の世界が今度ははるか上空に存在していた。
いや、違う。俺がさかさまになっている。しかも、ここはヘリの中じゃなくて、外だ。
上空に吸い込まれる。地上がみるみる近づいてくる。美しいその大地は俺の処刑台へと変容してしまったのか。
体に吹きあたる空気の圧につぶされそうだ。目を細めていても涙が出てくる
不意に、背中に何かを背負っているのに気づいた。うなる風圧の中でそれを確認してみると、どうやらリュックサックのようだ。しかもやけに重たい。
四肢をあれこれ動かしてみて、何とか頭から落ちていた姿勢を変えてみると、ヘリのたどってきた先の地上付近にぽつぽつとクラゲのような、パラシュートがいくつか落下しているのが見えた。空挺部隊の降下作戦でも始まっているのか。
先ほど機内で消えていた人間たちは俺と同じように外に投げ出されていたのかもしれない。ということは俺が今背負っているものはパラシュートに違いない。しかし。
「開き方が……分からない……………」
当然だった。仮に記憶を失う前の俺がスカイダイビングをしたことがあったとしても、その方法は記憶として消去されている。だとしたらどこからどこまで忘れる領域なのだろうかという疑問が湧いてくるが今は置いておかねば。刻一刻と地上は迫ってくる。
「急げ……急げ……!」
手当たり次第にそのバッグをまさぐってみるが、構造が全く分からない。背中側に何もないとしたら前にあるのか。
ようやく見つけた。先に玉がついている紐がリュックの背負う部分から伸びていた。これを引っ張ればパラシュートが展開されるのだろう。もう時間はない。地面はもうすぐそこにある。急がなければ。
その紐を強く引っ張ると同時にぼっという音が響き、リュックが軽くなった。
「よしっ……!」
リュックから布の塊が放出される。パラシュートがその翼を広げ、俺の体が上に引っ張られる。だが、地面はもう目と鼻の先だった。
―――あまりにも、遅すぎた。
「うわああああああああああああああっっっ!!!!!」
俺の体は、絶叫と共に、赤い処刑台に激突した。
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