目醒め
ピントが中々合わずに視界がぼやける。何とか見えるのは一色だけだ。ハシバミ色……だろうか、黄色と茶色の間のような色だ。
視力よりも先に、聴覚が生成された。復活したばかりの耳に鳴り響くのはけたたましい銃声だった。
「ぐっ……」
思わず両手で耳を塞ぐ。ほんの数メートル先でマシンガン銃が乱射されているようだ。訳も分からずに数秒間耐えていると、視覚も追いついてきたようだ。ぼんやりとピントが合うと、目に移りこんできたのは全くの知らない風景だった。
「ここは……どこだ……?」
地面には白っぽいレンガ敷きと枯れかかった雑草の伸びる土の部分がある。地面には他にも色々あるが、どれも埃っぽく、どことなく荒廃した感じだ。俺はその台地にどういうわけか立っている。そして相変わらず銃声はすぐ近くで鳴り響いている。何とか耳が爆音に若干ながら適応したようで、塞いでいた両手を外す。
顔を上げると、より一層訳が分からなくなった。二百メートル四方ほどの無人島に、大量の人間がいる。ざっとみて五十人以上はいるだろう。それぞれが走り回ったり、全く動かなかったり、あるいは握りしめた機関銃を乱射していたりしている。
耳で銃声は聞いてはいたが、実際にそれを目にすると、底知れぬ恐怖に包み込まれる。脈拍が高鳴り、体がこわばる。
あれは人を殺すためのものだ。そんなものが、どうしてこんなにも多く存在して、そしてこんなにたくさんの人が持っていて、乱発しているのか。そしてそれを俺に向けてはこないだろうか。
頭が混乱する。全くもって訳が分からない。ただ何も分からずに立ち尽くす。走って逃げ去りたいが、足がまだうまく動かせない。ぐちゃぐちゃになりそうな頭を必死に動かす。
「そうだ。考えろ。どうして俺はここにいるのか、ここに来るまで俺は何をしていた…?」
小さくつぶやきながら考える。意識の濁流をかき分けるようにして記憶を探る。そこで得られた解は、まさしく宇何もなかった。
「俺は……誰だ?」
自分が何者で、どこでどのように過ごしていたのか、そして自分の名前は何か。すべてがわからなかった。
他のことはある程度覚えている様だ。自分の今思考に使用している言語は日本語で、桜の花はピンク色のはずだ。だが覚えているのは基本的に一般知識のみで、自分に関することをつかさどる脳だけにぽっかり穴が開いているように全く思い出せなかった。
「記憶喪失……?」
まさか、そんなことが実際に起こりうるものだろうか。ただ自分の置かれている状況を鑑みると、そうとしか思えなかった。自分には何もない。そう思うと怖くてたまらなかった。
そんな中、一人の男がこちらへと向かってきた。ようやくピントが完全に合ったので彼に目を凝らす。
顔はホリがかなり深い。外国人だろうか。短髪で切りそろえられている髪の色は薄い茶色で目の色もそれに近い。身長もなかなか高く、威圧感がある。服装は白の無地のTシャツに茶色のパンツという簡素なものだ。だが何かが変だ。こう……本物の人間じゃないような。
その理由はすぐに分かった。彼には表情が全くないのだ。瞬きはしているが一定の時間間隔で繰り返している。そして歩き方もやけに整っている。まるで何者かにデザインされたように一定の動きを繰り返し再生しているようだ。
自分の記憶喪失よりもその違和感に思考が持っていかれている。背筋が凍りつくような不安に襲われ、体はピクリとも動かない。自分の両手に目を向けても、そこに銃があったりはしなかった。
これは非常にまずいのではないか、と混乱しっぱなしの頭がざっくりとした考えを浮かび上がらせる。俺は手ぶらであり、対して彼の両腕には禍々しい機関銃が握られている。
彼はその歩みを止めた。そして悪い予感は現実のものとなる。
銃がこちらに向けられる。銃の上部に付属している標準機を覗く彼の右目と俺の両目が合う。
「あ……あ………」
それでも体は動かなかった。叫ぼうにも声も出ない。
そして突然突き付けられた銃口は無慈悲にもその銃弾をこちらに放ってきた。
銃口が光り、硝煙が立ち込め、こちらに弾が向かってくる。轟音とともに何発も何発も。
そしてそれは全て、一歩たりとも動けない俺の体を貫いていった。
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