49.潜入
空が曇り、光が地上に届かない夜。
和也は家の影に隠れ、王城を覗いていた。
服装は黒ずくめの軽装で、武装はしていない。
音が鳴るのを避けたからだ。
…門番は2人、か。
正面から入るのは良くないな。
正門は固く閉じられ、開いたとしても音が目立つだろう。
どこから侵入しようかと悩んでいると、門番の後ろから新たに二人がやって来て、今までの門番と交代した。
あの二人、どこからでてきたんだろ。
裏口でもあるのか?
和也は『隠密』を発動させながら、正門の反対に回る。
高い塀があるせいで内側の様子は見えないが、扉が開く音が聞こえた。
裏口があるのは間違いないだろう。
しかし、裏口にも門番はいるだろう。
『聞き耳』スキルを発動させ、塀に耳を当てる。
内側からは話し声も、鎧が擦れる音もしない。
もしかして、裏口には居ないのか?
そう思ったが束の間。
再び扉が開き、二人分の足音が鳴る。
裏口の門番だろう。
そして、数歩分の足音の後、二人は世間話を始めた。
やっぱり居るのか。
何か隙は無いかと、和也は耳を澄ませ続けた。
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何度も寝落ちしそうになりながら耳を澄ませ、分かったことは二つある。
一つは、裏口を警備していた騎士が、正面の騎士と交代すること。
もう一つは裏口の騎士が正面に向かっている間は誰も裏口を警備していないことだ。
和也は裏口の騎士が正面に向かった瞬間、ロープを使い、塀をよじ登る。
そして、ロープを回収した後、音がしないようにゆっくりと扉を開き王城内に潜入した。
「…ふぅ。」
物陰に隠れ、安堵の息をつく。
とりあえずは潜入に成功した。
問題は、どこにステータスのメモ、もしくは佐藤のステータスプレートがあるかだ。
あと、あるとは思えないが、佐藤の死が王国の手によるものなら計画書も見つけないといけない。
普通に考えるならアリシアさんの部屋か、執務室……後は資料室とかかな?
アリシアの私室の場所は知っているが、もう深夜だ。
恐らく部屋の中にはアリシアが居るだろう。
なら、執務室や資料室を探すしかない。
和也は裏口に向かう騎士を眺めながらそう考えた。
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残念なことに、資料室にはステータスプレートもメモも計画書も無かった。
執務室に関してはその部屋そのものが見つからなかった。
あと、残すところはアリシアの私室だけだ。
和也は物陰に潜み、アリシアの部屋を眺める。
そして、音を立てないように近付き、ドアに耳を当てる。
『聞き耳』スキルによると中に人が居て、物音がすることからそれがまだ就寝してないことが分かった。
こんな時間まで何してるんだ?
コツコツと足音が扉に向かう。
それを捉えた和也は、さっきまで隠れていた場所まで飛び退いた。
ガチャッ、という音が鳴り、白い薄絹を纏ったアリシアが出てくる。
その服は着用者のシルエットが分かるもので、その豊満な胸のサイズが嫌でもはっきり分かる。
和也は罪悪感からそれに目を逸らし、音だけでアリシアの動向を探る。
アリシアは和也に気付いた素振りを見せることなく廊下を進み、階下に降り始めた。
今なら、いけるんじゃないか?
そう思い、和也は慎重に扉を開き、顔を覗かせる。
魔道具の灯りは消えているが、『暗視』スキルのお陰で中の様子が分かる。
誰も居ない、な。
灯りが消えてるってことは当分帰って来ないのか?
誰も居ないことを確認し、中に入る。
灯りは付けない。
『暗視』だけが頼りだ。
「これ、かな?」
机の引き出しを開くと、中から勇者全員の初期ステータスが纏められた紙の束を見つける。
佐藤さん、ごめん。
パラパラと捲っていき、佐藤のスキルを心の中で謝ってから見る。
スキルの数とステータスが勇者組にしては低いこと以外、特に何も問題ら無かった。
佐藤さんが魔族にとって不利なスキルを持っているという線はこれで無いか。
あとは──
ゴソゴソと引き出しの中を探すが、計画書みたいなものは見つからない。
やっぱり、無いか。
諦めようとした時、昔読んだ漫画を思い出し、引き出しの裏を確認する。
すると、指が一本入りそうな穴が見つかった。
引き出しの中のものを取り出し、穴に指を入れる。
すると、底だと思っていた板が浮き上がり、紐で綴じられた冊子が出てくる。
見るからに怪しいな。
何が書いてあるんだろ。
音を立てないよう、それを取り出し、開く。
「魅了、完了?」
そこには勇者の名前と、魅了が完了したかどうかが書かれてあった。
冊子によると、殆どの人を魅了し終わっているようだ。
幸いなことに、和也のページには魅了されていないことが書かれていた。
「なんで魅了なんか。」
魅了の概要は学園の授業で習った。
確か、対象が自分の命令通りに動くようになる、というものだったはずだ。
そして、魅了に掛からない条件は───
「!…まさか。」
魅了に掛からない為の条件を思い出し、もしかしてという考えが頭を過ぎる。
そして、急いで冊子を捲り、剣崎のページを見つける。
そこには───
────────────────────
ケンザキマコト
魅了失敗
原因
サトウアヤに恋慕を抱いていた為。
対応
ケンザキマコトの魅了の可否は今後の計画に大きな影響を及ぼす可能性がある為、サトウアヤを処分する。
尚、処分には魔族を使う。
これにより、魔族への復讐心からレベル上げに勤しむようになることが期待される。
────────────────────
「どういうことだよ、これ。」
戦慄し、手が震える。
冊子を取り落としそうになるのを防ぐので精一杯だ。
一応、考えてはいた。
でも、本当にそうなるなんて思ってはいなかった。
脳が否定しようとするが、現実がそれを拒む。
和也の心に王国への信頼が崩れ、不信感が積もっていく。
震える手でページを捲る。
そして開いた佐藤のページには大きく『処分済み』と書かれていた。
まるで和也達を物のように扱うアリシアの態度に吐き気がする。
……さっきから出てくる計画ってなんのことだ。
いつの間にか和也は、冊子に気を取られ、『聞き耳』を発動するのを忘れていた。
ガチャッ、という音がし、扉が開く。
そして、一瞬で部屋が明るくなった。
その瞬間我に返り、机の下に隠れるが、机の端からは冊子の端が見えていた。
「あら?」
アリシアの声だ。
和也は息を殺すが、足音はどんどん近付いてくる。
机の影から飛び出した冊子を隠したがもう遅い。
そして遂に、机の反対側に回り込んだ。
「サエグサカズヤさん、でしたっけ?私の部屋で何をしているんですか?」
アリシアが机に隠れたままの和也を見下ろす。
口調は柔らかいが、目は冷たく無機質だった。
「そこ、どうぞ。」
アリシアが和也に椅子を促す。
和也は腹を括り、机の下から出て椅子に座る。
冊子は見られた。
もう誤魔化しは聞かないだろう。
「……冊子を見ました。これは、どういうことですか。」
神妙な顔つきで和也が問う。
アリシアはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「その前に、どうして忍び込もうと思ったか教えてくれませんか?そしたら私も話しますよ。」
「今後の参考にしたいので。」と、アリシアが付け足す。
……話すしかないか。
「……佐藤さんが殺された時、どうして僕達は殺されなかったか、不思議に思ったんですよ。だって、魔族の利益を考えるなら、僕達も殺すべきですよね。」
アリシアが黙って和也の話を聞く。
「最初は佐藤さんの持っているスキルが魔族にとって不利益なのがあったんじゃないか、と思いました。そして、魔族は何か事情があって僕達を殺せなかった、と思ってました。」
和也がゆっくりと推理をひけらかす。
「でも、葬式の日。棺桶に火をくべる時に、アリシアさんが笑ってるのを見たんです。」
「なるほど、で、サトウさんを殺すのを計画したのが私だと思ったんですね。」
「…いや、そうじゃなくて。一応それも少しは考えたんですけど、敵であるはずの魔族と繋がってる理由が分からなかったので、僕の中では可能性は低かったです。」
「じゃあ、どうして?」
アリシアが可愛らしく首を傾げる。
しかし、和也の目には常軌を逸した化け物にしか見えなかった。
「ここに来たのは、佐藤さんのステータスを調べる為でした。そして、
ついでに計画書みたいなものは無いかと探したら。」
「……なるほど。」
アリシアが満足そうに頷く。
「カズヤの性格を見た感じ、分かっても行動しなさそうだと思ったんですけどね。私の見間違いでしたか。」
「…今度はアリシアさんの番ですよ。計画ってなんですか?どうして魔族と繋がってるんですか!」
クラスメイトの涙を思い出し、和也の口調が荒くなる。
「そんなに焦らなくても。約束ですからちゃんと説明しますよ。」
アリシアに宥められるが、全く気は晴れない。
むしろ怒りが積もるばかりだ。
「私はね、カズヤさん。全てが欲しいんですよ。地位も、金も、名誉も、そして愛情も。他のはいいとして、世界中の人から愛される。そんなの、普通は不可能じゃないですか。まず、帝国は敵ですし、この国の国民にも不満がある人も居るでしょう。魔族と共和国とは同盟を組んでますけど、そんなの私を愛すまでは程遠い。だから、どうしたらいいか考えたんですよ。」
アリシアが再び不気味な笑みを浮かべた。
「そして思い付きました。世界中の人を『魅了』してしまおうって。」
アリシアが恍惚とした笑みで語る。
「だから、まず世界を征服しようって思ったんです。勇者を魅了して、私を愛し、命令に忠実に従う最強の軍団を作り世界を征服しようって。」
「カズヤさんはあまり強くないと思ったので後回しにしたのですが、評価を変えるべきですね。」と、笑う。
「『魅了』が掛からない条件は3つ。その該当者を全員殺して、私の理想郷を作ろうって思ったんです。」
「……そんなことの為に?」
吐き気がする。
目の前の生き物はなんだ。
怖い。
考え方が違いすぎる。
「やはり、理解はされないんでしょうね。」
アリシアが悲しそうに目を伏せる。
「でも、これは私の夢ですから。邪魔はさせませんよ。…誰にも。」
終始柔らかな態度のアリシアだったが、最後の一言だけは強い意志が感じられた。
「カズヤさん。もし、あなたが私の邪魔をするのなら。」
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「カズヤさん。もし、あなたが私の邪魔をするのなら。」
アリシアは冊子を開く。
「エリナさん、でしたっけ?」
その瞬間、和也は悲痛に顔を歪める。
嗚呼、嗚呼。
いいですねぇ、その顔。
素晴らしいです。
その顔を見た瞬間、アリシアの下腹部が、きゅっと切なくなる。
「…なん、で。」
和也が掠れた声で問う。
「この国には、私の目が沢山あるんです。知りませんでしたか?」
「あ、目と言っても比喩ですよ。」とわざとらしく付け足す。
…もっと、もっと。
「察しのいいカズヤさんなら後は、分かりますね。」
和也が呆然とする。
もっと、その表情が見たい。
「もう帰ってもいいですよ。下のものにはあとで私が言っておきますので、コソコソせずに正面から帰って結構です。」
悲痛に塗れた顔が見たい。
悔しさに押しつぶされそうな顔が見たい。
無力感に打ちひしがれた顔が見たい。
「では、おやすみなさい。」
ふらふらと、和也が扉から出る。
一人になった部屋で頬を赤らめたアリシアが呟く。
「…はぁ。なんでしょう、今の感情。…もっと、もっとあの顔が見たいですね。…どうすれば見れるでしょうか?」
アリシアは寝ることも忘れて考えに没頭し始めた。
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