48.決意


今にも泣きだしそうな顔の谷口が棺桶に火をくべる。

その途端、盛んに燃え始めた。

どんどん火は高く、強く燃え上がっていく。


谷口は近藤の胸に顔を当て、大声で泣き始めた。

それを切っ掛けに周囲から啜り泣く声がし始める。

クラスメイトの泣き声を聞いて、和也は佐藤が亡くなったことを改めて実感させられた。


パチパチという音と共に灰が舞い、暗く曇った空に煙が上がっていく。


「……?」


その間、和也はアリシアの方を見て、疑問を浮かべていた。


瞳を潤ませ、今にも泣きだしそうな表情の彼女だったが、火をくべるその瞬間だけ、ゾッとするような微笑を浮かべていた気がしたからだ。


…………気のせい、か?




そして、真新しい墓に骨を埋め、佐藤の葬式は終わりを迎えた。


勇者の関係者だけで厳かに行われた葬式だった。

しかし、剣崎の姿だけはどこを探しても見当たらなかった。



────────────────────



「…はあ、ダメか。」


葬式の次の日。

和也は、佐藤の関係者に事情を説明し、彼女のステータスを聞いて回っていた。

しかし、知らなかったり、覚えてなかったりで納得するような回答は得られなかった。

ステータスプレートも、王国が回収したようで、見せてもらうことは出来なかった。


新しい部屋のベットに仰向けに寝転がる。

実は退院した後、寮を出て自分の部屋を借りたのだ。


まだ見慣れない天井を見つめた後、静かに目を閉じる。


思い出すのはあの時のアリシアの不気味な笑み。


なんで、あの時笑ったんだ?

笑うようなことは何も無かったはずだ。


ベットの上を唸りながら転がる。


あともう少しで何かが分かりそうなもどかしさが和也を苦しめる。


「もしかして。」


魔族を手配したのがアリシアさんなのか?


はっと息を飲み思いついた案だったが、直ぐに捨てる。


いや、無いか。

そんなことをしても王国側に何もメリットが無い。


「佐藤さんが亡くなることのメリットってなんだ?」


……実はアリシアさんは剣崎のことを狙っていて、剣崎君と親密な佐藤さんが邪魔だったとか?


「…違うか。」


お世話になっているのに大変失礼なのだが、アリシアが笑ったのと、佐藤の死は繋がりがある気がしてならない。

そうしないと、笑う理由と結びつかないからだ。


「人が悲しむのを見て悦ぶような性癖ってことは……流石に無いか。」


佐藤が亡くなることのデメリットよりもメリットが多いとは思えない。

佐藤さんが亡くなって、何が変わった?


和也はおもむろに立ち上がり、時間を確認する。

時刻は午前12時、まだまだ陽は高い。


いろいろなことに雁字搦めで、思考が纏まらない。

…気分転換で外にでも出ようか。

昼ご飯もまだだし、外で食べよう。

何処にしようか。

……エリナのこともレーナさんに報告したいし、ギルドでいいか。


和也はタンスから適当な服を選び、着替える。

扉に鍵をし、和也はギルドへ向かった。



────────────────────



「あ、カズヤさんも来た。」


ギルドの入り口で出くわしたのは私服に着替えたレーナさんだった。


「も、ってなんですか。」


こんな反応されるなんて心外だ。


「えっと、いつもはカズヤさんぐらいしか勇者の人は来ないんですよ。あ、あとケンザキさんのパーティがたまに来るかな?それなのに、今日はほぼ全員来たので何かあったのかなーって。」

「その話、詳しく聞かせて貰えますか?」


何かあったのか?

僕は知らされてないんだけど。


「今日の仕事は終わったんで別にいいですけど……でも来た人ぐらいしか知りませんよ。」

「助かります。」



────────────────────



「──と、ナカガワさんくらいかな。」

「ありがとうございました。」


ギルドの食堂で聞き終わった和也は、レーナさんに礼を言う。

ギルドに来たのは和也を抜いて36人。

つまり、非戦闘職と剣崎を除いた全員だ。


「皆バラバラで来ました?」

「はい、何組かのグループに分かれて来てましたよ。」


ということは王国の命令で来たのではなく、個人の判断だろう。


王国にもハブられたわけじゃ無かったか。

よかった。

クラスメイトは……まあ。


「で、何があったんですか?」


和也の反応で何かを察したのか、神妙な趣でレーナが問う。


佐藤さんが亡くなったことはまだ公表されてないのか?


「ええと、国から何か公表されませんでした?」

「…たぶんされてないと思いますけど。」


王国が公表していないなら言わない方がいいだろう。

希望であるはずの勇者が死ぬ。

これがどれくらい国民に衝撃を与えるのか分からないが、少なくはないだろう。


「すいません、じゃあ僕の口からは……」

「あ、そっか。そうですよね。すみません。」


レーナが申し訳なさそうに頭を下げる。


「いやいや、レーナさんは全然悪くないですよ!僕の方こそ聞くだけ聞いてすいません。」

「別にいいですよ。」


と言いつつも、レーナの目は壁に貼られた新メニューを見ていた。

つまり、奢れということだろう。


「すみません、これと、あれください。」


近くを通りかかったウェイターにメニューを指差しながら注文する。


「…お礼に、奢りますよ。」

「ありがとうございます。カズヤさんも女の子への対応がかなり分かってきましたね。これは、エリナちゃんとの兆しが見えてきましたかねー。」


レーナが笑顔で和也をからかう。

いつもみたいにしてやられるのも何だか癪だ。

本当はお礼をするつもりだったのだが、そう思い、和也は反撃を試みた。


「そうですね、お陰で成功しましたよ。」

「……えっ?」


レーナが口をポカーンと空けて、停止する。


「色々、ありがとうございました。」


ぺこりと頭を下げる。

これでどうだろうか。


「えっ、ど、どういうことですか!?」


数秒のフリーズののち、レーナが再起動する。

レーナのわたわたと慌てる様子はなかなかに貴重だ。

それを、レーナを出し抜いた喜びを噛み締めながら、ニヤニヤとした表情で見る。


「えっ、告白したんですか?」

「はい、しましたよ。」

「で、成功したんですか?」

「はい、成功しましたよ。」


またもフリーズ。


「ええーーっ!?」


今度は一瞬だけだったようで、すぐにまた動き出した。

レーナの叫び声に周りの客からなんだなんだと注目を浴びる。

レーナのファンは多いので、和也はかなりの人数から睨まれた。


「…ご、ごほん。」


周囲の視線に気付いたレーナが、頬を赤らめ咳払いする。

少しは落ち着いたようだ。


「そ、それはおめでとうございます。…でも急でしたね。絶対もっとかかると思ってたんですけど。」

「タイミングが良かったので。」

「ち、ちなみにそれはいつのことですか?」

「えっと、4日ほど前ですかね。」


あの日のことはよく覚えている。

というか、忘れることはないだろう。

嬉しすぎてその日はなかなか寝付けなかった。


「ほんとに最近ですね。」

「それで、今日はお礼を言いに来たんですよ。」


丁度、頼んだ食事が運ばれてくる。

お詫びとお礼のハンバーグセットだ。


「あーあ、それならもっと高いものを頼んでましたのに。」


レーナが頬を膨らませながらナイフをハンバーグに入れた。



────────────────────



窓から見える景色はすっかり暗くなり、家の灯りが目立ち始める。

再び和也は、ベットに寝転がり考えていた。


なんで全員クエストなんかに来たんだろ。

……もしかして、レベルを上げて死なないように強くなりたいとか?

有り得るな。

現に、僕もレベルを上げることの必要性は感じている。


魔物に負け、魔族に負け、そして佐藤の死。

それらをきっかけに、和也の中で強くなることはかなり優先度の高いものになっていた。

ただ、あの洞窟に再び行きたいとは思わない。


……佐藤さんが亡くなることのメリットは、勇者全員がレベリングをし始めること?

ほとんどの勇者は召喚されてから、クエストに行っていない。

レベルが上がってないからいつまで経っても勇者が使い物にならないので、王国は困る。

だから勇者組の意識を変えるために佐藤さんを殺した……?

アリシアさんが笑ったのは、計画が上手く行ったからか?

それだと一応は辻褄はあってる気が───いや、矛盾している。


和也はそこで重大なことを忘れていたことに気が付く。


佐藤さんを殺したのは魔族だ。

自分たちの敵を育てるために協力するなんて普通はありえない。

……でも、魔族の国から離反した魔族という線もあるよな。

…だから協力する?


「あー、こんがらがってきた。」


頭を抱え、和也は悩み始める。

進展したと思いきや矛盾を見つけの繰り返しだ。


「とりあえず、佐藤さんのスキルになにか問題があったのか調べてみるか。」


…でもどうやって?


「あ。」


そこで、和也はステータスプレートを製造する時に、セバスが全員のステータスをメモしていたことを思い出す。


王城にきっとあるはずだ。

しかも、もし佐藤さんの死が王国の手によるものなら、計画書みたいなものもあるかもしれない。


「でもどうやって見ようかな。」


和也は立ち上がり、窓の外を眺める。

離れても荘厳な王城が暗闇の中、微かに見えた。

それをじっと見つめ、和也は意を決する。


……よし、忍び込もう。


幸い、和也のスキルはそういうことをするのに適している。

勇者組に盗賊なんて僕しか居ないから、僕が頑張るしかない。


意を決し、和也は王城の影を見つめ続けた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る