47.告白
「……あれ、なんで。」
目を覚ました和也の目に飛び込んで来たのは自分の部屋のものではない天井だった。
白く、清潔感のあるベットに寝かされている。
発した声も、自分のものとは思えない程、掠れていた。
「痛っ。」
起き上がろうとするが、身体中が悲鳴を上げる。
今気付いたが、体のあちこちに包帯が巻かれていた。
それでも何とか起き上がり、この状態になる前のことを思い出す。
「あ、そうだ。洞窟で魔族と出会って。」
それを思い出した瞬間、安心感から涙が滲みだす。
「そっか、生きて帰ってこれたんだ。……よかった。」
目元をゴシゴシと擦っていると、不意に病室のドアが開く。
昼下がりの暖かな風に運ばれてくる花の香り。
振り向くと、目をまん丸にしたエリナが花束を抱えたまま、呆然としていた。
病室には少し萎んだ花が生けてある花瓶がある。
つまり、あの花束は交換用だろう。
「…か、カズ?」
「あ、うん。」
花束を取りこぼし、エリナが駆けてくる。
そして、勢いそのままにぎゅっと抱き締めてきた。
仄かに香る、甘い匂い。
傷が少し痛むがそれどころではない。
エリナの思わぬ行動に顔から火が出るほど動揺しているからだ。
「え、エリナ!?」
「…よかった、生きててくれて。」
そう言ったエリナの体は、震えていた。
何日間気を失っていたかは知らないが、随分心配を掛けたようだ。
「…ごめん、心配掛けて。」
エリナが和也の胸に顔を埋めたまま、首を振る。
「…ただいま。」
和也は、優しくエリナの頭を撫ぜる。
愛おしくて、堪らなかった。
そのままどれくらい経っただろうか。
実際は5分も経っていないだろうが、体感では何十分も経った気がした。
永遠にこの時間が続けばいい、そう思った。
しかし、そんなことは有り得ない。
和也はその前にと、意を決する。
エリナに伝えたい事があるのだ。
「エリナ。」
撫ぜるのを止め、和也がそう呼び掛けると、エリナは目元が赤くなった顔を上げる。
なんて言うかなど決まってない。
分かっているのは気持ちだけだ。
でも、進むしかない。
「今までありがとう。」
ぽつぽつと、和也が思いの丈を呟く。
「エリナが居たから僕は強くなれたし、自信も持てた。」
思い出すのは初めて出会ったあの日。
学園の入学試験の日だ。
「異世界に来て、右も左も分からなかった僕を支えてくれてありがとう。」
実際に道に迷ってたしね、と心の中で付け足した。
どんどんどんどん、エリナとの思い出が蘇る。
それを永遠と語ってもいいのだが、流石にそれは辞めておいた。
「魔族と戦う時、怖気づかなかったのはエリナのおかげだ。」
エリナの存在に、どれだけ救われたことか。
「エリナに会いたい、そう思うだけで勇気が湧いてきた。逃げ出さずに済んだ。」
僕のことだ、エリナが居なかったら絶対に逃げ出していた、自信がある。
「いつの間にか、エリナの存在は僕の中でどんどん大きくなっていた。…もう、エリナが居なかったら生きられないくらいに。」
エリナの頬は赤く染まっていた。
高嶺の花。
そんなの知ったことか。
この気持ちを伝えずにはいられない。
「僕は、エリナのことが好きだ。」
そして、遂に決定的な言葉を伝えた。
もう後戻り出来ないし、するつもりも無い。
「大好きだ。ずっと一緒に居たい。」
もっと、色んなエリナを見たい。
ありきたりな告白だけど、これが僕の精一杯だ。
嘘偽りのない、正直な気持ちだ。
「…僕と、付き合ってください。」
視線が絡む。
エリナの顔はもう真っ赤に染まっている。
瞳が潤み、一筋の涙を零した後、満面の笑みでエリナが呟いた。
「…はい。」
和也は彼女を優しく抱き締めた。
────────────────────
「そう言えば、何日ぐらい寝てたの?」
「2日ぐらい。」
2人でベットに腰掛け、和也が気を失っていた事を聞く。
他の皆は無事だろうか。
いや、僕がここにいるって事は剣崎が何とかしたのだろう。
「他の皆はもう起きてるの?」
それでも、やっぱり気になる。
「……」
エリナが喉に何か詰まったように言い淀む。
和也にもしかしてという不安が芽生えた。
「コンドウ君は怪我が酷かったけど、もう退院してる。タニグチさんも同じ。ケンザキ君は、怪我がまだ完治して無いのに抜け出したらしい。サトウさんは………」
エリナが悲痛のそうな顔で目を伏せた。
言わなくても、表情からどうなったかおおよそ理解出来た。
これ以上は彼女に言わせたくない。
「佐藤さんの場所分かる?」
「…えっ、でも。」
エリナが和也に気を使うように、言葉を濁す。
それを知ることで和也がショックを受けるのを心配してくれているのだろう。
「僕なら大丈夫。」
異世界に来た時からいつかこんな日が来ることは予想していた。
「…この階の端の部屋。」
「ありがとう。」
足に力を入れ、立ち上がろうとする。
しかし、2日ぶりに使った足は言うことを聞かず、ふらふらとよろめき、近くの棚にもたれかかってしまう。
「カズ。」
「…ごめん。」
エリナに支えてもらい、ゆっくり一歩づつ前に進む。
二十分以上掛けて、その部屋の前に到達した。
トントントン。
和也はノックをしてからゆっくりと引き戸を開いた。
「……」
そこには、沢山の花をたむけられた佐藤がベットの上に眠っていた。
肌は血が抜けたように真っ白くなり、まるで白雪姫のラストシーンのようだった。
しかし、彼女はたとえ王子様がキスをしたとしても目覚めることは無い。
和也は、ベットの脇に移動し、手を合わせる。
歩くのも、大分慣れてきた。
もう一人で大丈夫だ。
同級生の死、そんな非日常的な現象に対し、意外と和也の心は落ち着いていた。
いつかこういうことが起きることを想定していたから、大して接点もなかったから、などという理由もあるが、原因はそれでは無かった。
それよりも大きな疑問が和也の中で渦巻いていたからだ。
「エリナ、亡くなったのは佐藤さんだけ?」
「うん。」
黙祷を終え、エリナの元まで下がる。
そもそも僕達はなんで殺されなかったんだ?
殺し損ねた?
いや、僕は気を失っていたからすぐ殺せるはずだ。
あの魔族は、剣崎君達が助けを呼びに行った後、用があるのは剣崎君達の方だと言っていた。
その時は、僕達の中で一番優秀な剣崎君を殺すために来たんだと思っていたのに、殺されたのは佐藤さんだ。
「魔族って、どうなったの?剣崎君が殺したの?」
「…いや、剣崎君が目が覚めた時には居なくなっていたらしい。」
つまり、初めから狙いは佐藤さんだった?
なんのために?
魔族の利益を考えるなら敵である僕達も殺しておくべきだ。
でも、それをしなかった。
つまり、僕達は殺す必要が無い、又は殺してはいけなかったという事だ。
もしくは剣崎君を追いかけないといけないから、僕達を殺す時間が惜しかった?
いや、結果的には剣崎君も負け、気を失ってるんだ。
殺す時間なんていくらでもあるだろう。
じゃあ、最初から佐藤さんを殺すためにあの魔族は来た……?
「…何を考えているの?」
黙り込んだ和也を心配するように、エリナは和也を見る。
「いや、ちょっと気になったことがあって。」
どういうことだ?
勇者組の中でも一番弱い佐藤さんを殺してどんなメリットがある。
魔族の言葉からすると、偶然出会ったってことは無さそうだし。
「どんな?」
エリナが聞いてくるが、僕はそれに答えを返すかどうか迷った。
なぜなら、エリナを危険に晒したく無いからだ。
エリナに対して誤魔化したくないが、こればかりは仕方がない。
「…ごめん、今はまだ。僕も憶測の域を出ないから。」
「うん。」
エリナが少し沈んだ表情になる。
エリナを落ち込ませたという事実が和也の胸を痛くさせた。
後で何か埋め合わせをしないと。
そう考えた後、再び原因を考える。
…もしかして、佐藤さんのスキルに秘密があるとか?
「佐藤さんのステータスプレートって、ここにあるの?」
「ごめん、そこまでは。」
「あ、普通そうだよね。ごめん、変なこと聞いて。」
軽く佐藤の周りを探す。
しかし、目に付く所には見当たらなかった。
後で誰かに聞いてみるか。
和也がここまで執着するのも理由がある。
というのも、魔族の目的が分かることで和也達の今後に繋がるからだ。
あともう少しヒントがあれば。
窓から覗いた空では、日が雲に隠れていた。
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