46.憎悪


「…どうなってんだ?」


道が分かれていたのだ。

今まで一本道だったのに、今では何本にも枝分かれし、迷路のようになっている。


上に向けて掘るか?

いや、ここは山の中の洞窟だ。

上に行くまでどれだけ時間がかかるか分からないし、上から崩れてきたら俺はともかく彩が危険だ。


思い付いた方法を断念し、誠は彩の手を引いて別の道へ向かって駆け出した。



────────────────────



「くそっ!」


またも行き止まりになり、引き返す。


そして、何度も何度も何度も道に迷い、誠の心の中に不安が芽生え始めた。

自分を送り出してくれた仲間達の顔が脳裏を過ぎる。


早くここを出て助けにいかないと。

時間が無い。

あいつらは無事だろうか。


「…ま………んっ!」


…でも本当に出口なんてあるのか?

もしも、洞窟を作り替えたのがさっきの魔族なら出口なんて無い可能性がある。

俺たちを逃がす気なんてなさそうだ。


「…ま……くんっ!」


もういっそ、戻って加勢した方がいいんじゃないか?

その方が────


「…誠君っ!!」

「……彩。」


名前を呼ばれ、ハッとする。

いつの間にか彩の存在を失念していた。


俺が守らないと。

頼むって言われたのに。


「…ちょっと、少し、ゆっくり。…私、もう。」


彩は膝に手を付き、肩で息をしていた。


そう言えばもう何分走っているのだろうか。

彩が居るんだ、俺がしっかりしないと。


「…ちょっと休憩しようか。」


それを聞いた彩は、崩れ落ちる様に座り込み、壁にもたれる。


焦っても仕方ない。


剣崎は彩と対面になるように座り、頭の中で洞窟内の地図を描いた。

もう随分走ったので、出口にはかなり近づいているはずだ。


「……ごめん。」


顔を俯かせたまま、彩がぽつりと呟く。


「恵果達にも迷惑掛けて、誠君にも……。全部、全部、私のせいだ。」

「…そんなこと──」

「あるよっ!」


彩が勢いよく立ち上がる。

目尻には涙が浮かんでいた。


「私が!もっと強ければよかった!!」


きっと彩は周りから気を使われるのをずっと苦しく思っていたのだろう。


「ほんとは、私も皆と一緒に───」


彩が言葉を詰まらせる。

感極まったせいではない。



黒い杭が彩の胸を貫いたからだ。


「…ゴボッ。」

「彩っ!!」


彩がむせるように吐血する。

傷口からは、見た事も無い量の血が溢れ出ていた。


剣崎は彩を杭から抜こうとするが、杭には幾つも返しが付いていて、

抜くことが出来ない。

誠は、剣で壁から生える杭を切断した。

崩れ落ちる彩を優しく受け止める。


「…まこと、くん。わたし、」

「今は喋るなっ!絶対に、絶対に俺が助けるから!!」


アイテムボックスから回復ポーションを全て取り出し、胸の傷に掛ける。

掛けても掛けても傷は塞がらない。


「…わたし、」

「今は!………今は。」


剣崎の声が段々萎んでいく。


助ける。

どうやって?

ポーションだけではこんな傷は治せない。

助けも呼べない。

俺は、どうすれば。


俯く剣崎の頬に、ひんやりとした彩の手が触れる。


「…ごめん、ね、いっぱい、めいわく、かけて。まこと、くん、もきっと、いっしょ、にいて、めんどう、だ、と、おもって、」

「そんなことないっ!」


途切れ途切れの彩の言葉を遮り、剣崎が悲痛の叫びを上げる。


「俺はそんなこと1度も思ったこと無かった!」


剣崎の目から涙がボロボロと溢れ出る。

それを、彩の手が優しく拭う。

いつもよりも白くなった手が今からどうなるかを物語っていた。


「俺は、もっと彩の隣に居たいっ!もっと、ずっと!」


それを聞いた彩は、安心した様な笑みを浮かべた。


「…よかったぁ。」


杭から滴り落ちる血液が地面にどんどん溜まっていく。


「…まこと、くんに、めいわく、かけて、たら、いやだ、なって、きらわれたら、いやだな、って。」

「俺が彩を嫌うことなんてあるもんか!だって俺は、彩のことが───」


息を大きく吸い込む。


小さな子供の時からずっと一緒だった。

毎日泥だらけになるまで遊んで、よく叱られたりもした。

喧嘩して、泣かせてしまうこともあった。

他の子と遊ぶと彩はよく拗ねた顔をして、俺の頬をつねった。

俺が落ち込んで居ると、優しく頭を撫ぜてくれた。

はしゃいだ顔、拗ねた顔、泣いた顔。

色んな表情を見てきた。

どれも好きだった。

でも一番好きだったのは、顔をくしゃくしゃにしたあの笑顔だ。

もっと、ずっと彩の笑顔が見たい。

ずっと彩と一緒に居たい。


そして、誠は心の底からの思いの丈を叫ぶ。


「だって俺は、彩のことが、ずっと好きだったんだから!」


様々な思い出がフラッシュバックする。


「だからさ、頼むから死なないでくれよ。……俺は、もっと。」


彩が落ち込んだ誠をあやす様に頭を撫ぜる。

それは子供の頃と変わらない暖かさを持っていた。


「…あのね、わたしも、ま、ことくんの、ことが、す───」


その続きを聞くことは出来なかった。

言い切る前に杭の返しが伸び、彩を体の内側から蹂躙したのだ。

肩、腹、背。

胸の杭から伸びた棘が身体中から飛び出る。

それが決定的になったのだろう。

彩は、微小を浮かべたまま、もう動くことは無かった。


「あぁぁぁあああっ!!」


彩の胸に顔を埋め、誠は泣きじゃくる。

堪えられない悔恨や悲しみが涙となって溢れ出した。


俺が守るって約束したのに。

絶対に助けるって。


その時、彩を貫いた杭の残骸が生えた壁が崩れる。


「凄いでしょ、これ。遠隔操作も出来るんですよ。」


そこから出てきたのはさっきの魔族。

ただ一つだけ違うのは、体のあちこちに小さな傷があることだ。


誠の心を今度は憎しみが支配した。


こいつが、彩を。


「……お前が、彩を殺したのか。」


その言葉に、魔族の男はニヤリと笑みを浮かべた。


「そうですよ、いいタイミングだったでしょ。彼女、最後まで言い切れませんでしたねぇ。」


彩の死をまるで遊びのように楽しむ魔族に、今すぐにでも斬り掛りそうになるが少しだけ残った理性がそれを押し留めた。

もう一つ聞かないといけないことがある。


「正樹達は、どうなった。」

「さぁ、どうでしょう?少なくとも、私がここにいることが答えになっていると思いますが。」


ふらりと、まるで幽鬼の様に誠が立ち上がる。


もう、いい。

こいつだけは殺さなければならない。

絶対、殺す。

なんとしてでも。


「うあぁぁぁああっ!!」


めいっぱい咆哮しながら、憎しみに任せて誠は魔族に向かって駆け出した。


「さあ、楽しみましょうか。」


最後に誠の目に映ったのは、魔族の裂けたとも思えるほどの凄絶な笑みだった。

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