45.魔族


「なんだよ、これ。」


呆然とした様子の剣崎がぽつりと呟く。

元来た道を辿っていたのだが、途中で道が無かった。

いや、無くなった訳ではない。

黒く蠢く『なにか』が洞窟の壁に張り付き、道を塞いでいたのだ。


「はっ!!」


剣崎が剣を『なにか』に振り下ろす。

まるで手本の様な見事な一撃。

それは『なにか』を大きく斬り裂いた。


「やったか?」


剣崎が目線を上げ、確認する。

切り口から向こうの景色が見えたがそれも一瞬のことだった。

斬られた所が再生し、元通りとなったのだ。

剣崎が何度も斬り掛かるが、人ひとり通れる隙間が出来ることなくそれは再生した。


「ちょっとのいて。」


谷口が剣崎を捌けさせると、杖を構える。


「離れといてね。…『エクスプロージョン』」


和也は来るであろう轟音を予想し、耳を塞ぐ。

しかし、いつまで経っても音はしなかった。

発動しなかった訳ではない。

発動はしたのだ。

確かに杖の先から紅い光が飛び出るのは見た。

しかし、それが現象となって現れる前に魔力が『なにか』に吸収されたようだ。

そのせいでか、先程までよりもそれは禍々しくなっている気がした。


「どうする?」


和也達は顔を見合わせる。


「どうするって、他の道を探すしか無いんじゃないか?」

「助けが来るのを待つっていう手段も一応あるけど、」

「その助けに来た人があれをどうにかする手段があるのかってことが問題だよな。」

「ああ。」


ああでもない、こうでもないと意見を交換し合う。

まだ冷静さは欠いていないようだ。

和也は何か分かることはないかと、恐る恐る『なにか』に近づき、剣で軽く突く。

傷が付いたところが再生するだけで、それ以外は何も起こらなかった。

どうやら、攻撃性はないようだ。


和也は一先ず安心する。

剣も魔法も効かない相手に勝てるとは思えないからだ。


「和也、何か分かったか?」


剣崎がこちらへ向かって来る。

和也は素直に特に何も分からなかったことを伝えた。


「そっか。…でさ、とりあえず進んで、他の出口を探そうってことになったんだけど、和也はどう思う?」


道が塞がれているだけで、周りは今までと変わらない。

なら、


「…周りの壁を壊してみるのは?」

「うーん、何処に道があるか分からないし、崩落の危険もあるから止めといた方がいいんじゃないかな?」


それもそうだ。

そう思い、和也は他の出口を探すという意見に賛成した。


「じゃあ皆、とりあえず他の出口を探そうか。」


剣崎の掛け声の後、和也達はぞろぞろと奥へ進んで行った。



────────────────────



「おらっ!」


近藤が身の丈ほどの大剣を威勢のいい掛け声と共に振り下ろす。

その結果、剣の下に居たエクススライムは呆気なく潰された。


「よし、経験値もらいっ!。」


近藤がヨッシャとガッツポーズをする。


あれから30分程歩いただろうか。

特に問題がある訳ではなく、和也達は安全に進んで行った。

モンスターもエクスロックかエクススライムしか居なく、あの黒い『なにか』とも今の所出くわしていない。

洞窟も多少蛇行しているが一本道だった。


「おい正樹、あんまり気を抜くなよ。」


剣崎がはしゃぐ近藤を戒める。

しかし、その口調には怒気は含まれておらず、むしろ少し楽しんですらいた。

気が抜けるのも無理もない、戻れなくなっただけで、ただの美味しい狩場と変わらなかったからだ。

モンスターを狩りながら、和也はあの黒い『なにか』のことを考えていた。


うーん、一体あれはなんだったんだろう。

しかもこの高レアリティモンスターの数。

明らかにおかしい。

この先に一体何があるのか。

本当に出口はあるのだろうか?


暗い考えが和也の頭を巡る。

和也は基本的に楽観視するタイプでは無いので、何時までも不安が拭えなかった。


「結構レベル上がったかもなー。」

「ステータスプレートを更新しないと見れないのが不便だよね。」

「ほんとそれ。」


しかし和也と違い、他のメンバーはもう環境に適応し、いつも通りの空気に戻っていた。


レベルか。

あんまり考えて無かったけど、かなり上がってるんじゃないのかな。


ステータスプレートを使いパーティー登録をすると、倒したモンスターの経験値がパーティーメンバー全員に均等に割り振られる。

つまり、楽しそうな近藤にモンスターを譲っている和也も、皆と同じだけの経験値を貰っているのだ。


見るのが楽しみだな。

……無事に帰れたらの話だけど。

はぁ、胃が痛くなってきた。


腹部を擦りながら和也ははぐれないように付いて行く。

といっても、一本道なのではぐれることなどないのだが。


「これってさ、やっぱりダンジョンだよな。」

「あーね。普通、こんなにおんなじのばっか居るのもおかしいしね。」

「だったら、ボスはなんなんだろな。やっぱり、巨大なエクススライムとか!?」

「えー、流石にそれは無いんじゃない?」


笑いながら、4人が歩いていく。

もちろん、和也は自分から会話に参加していない。

振られた時だけだ。


「おっ、皆。」


剣崎の指さす方を見る。

その先には、今までの一本道とは違い、広い空間が広がっていた。


和也達は今までとは打って変わって、恐る恐る中に進む。

そこは、ドーム状の空間だった。

キョロキョロと辺りを見回す。


「おい、あれっ!」


近藤が向く方向には、人のような影が一つあった。


佐藤と谷口を後ろに下がらせ、男3人が武器を構え、前に出る。

事前に打ち合わせていた陣形だ。

じりじり人影と距離を詰める。

近づくにつれ、だんだんとその全貌が見えてくる。

寝ているのか死んでいるのか、それは地面に胡座をかき、頭を俯かせていた。


距離が50メートルを切った所で、それがゆっくりと立ち上がった。


「ふぁーあ。…随分遅かったですね。待ちくたびれましたよ。」


口に手を当て、欠伸をする。

その人影は長身の男だった。


その言葉を聞いた和也達に緊張が走る。

待ちくたびれた。

つまり、和也達がここに来ることを知っていたという事だ。


コツ、コツと足音を鳴らしながら男が近づく。

光るキノコとコケに照らされたその男の目は、鮮血のような赤だった。


「…魔族。」


佐藤が小さく呟く。

赤い眼が何よりもその証明だ。


…魔族、人類の敵。

僕達が召喚された原因。

そんな奴がなんでここに。


「待ちくたびれたって、どういうことだ!」


剣崎が剣を握り直し、声を荒らげる。

こんな剣崎は初めて見た。


「それは──まあ、内緒です。」


魔族の男が、ニヤつきながらゆっくり詰め寄り、和也達はじりじりと下がる。


「誠、お前は彩を連れて逃げろ。」

「逃げて、どうするんだよ。」


小さな声で近藤が提案する。


「お前の力なら、直ぐに壁を切り崩して行けるだろ。それで、騎士の人に報告して来てくれ。」

「…もしも崩壊したら、お前らが逃げれなくなるだろ。」

「後で助けてくれたらいいさ。」

「そーだよ。ここはあーしらに任せて。…あ、でも出来るだけ早く帰って来てね。」

「…ああ、ありがとう。」

「正樹君、彩、それと三枝君。ありがとね。絶対、絶対、助けに来るから。」


和也は、返事の代わりに魔族の方を見たまま、静かに頷いた。

確かに、剣崎が行った方が速く安全に壁を切り崩せるだろう。

異論は無かった。


「帰ったらなんか奢れよな。」

「ああ。」

「じゃあ、佐藤を任せたぞ。」

「彩をよろしく。」


剣崎がそれに無言で頷いた。

そして、佐藤の手を引き、駆けていく。


二人の姿が見えなくなり、3人と魔族の男が残された。


「あらら、用はあっちにあったのですが。…まあ、いいでしょう。直ぐに追い付くでしょうし。」


魔族の男が額に手を当て、芝居掛かった仕草で落ち込む振りをする。

しかし、指の間から見えた目は笑っていた。


「行かせねぇよ。」


近藤が一歩前に出る。


和也は短剣を構えるが、頭は異世界に召喚されてからのことを思い出していた。


本当に色々なことがあった。

色んな人の顔が脳裏に浮かんでは消えていく。

最後に浮かんだのは演劇に行った日のエリナの笑顔だった。


死にたくないなぁ。

死にたくないし、こんな所ではまだ死ねない。

もう一度、あの笑顔がみたい。

もっとエリナと話がしたい。

ぎゅっと、抱き締めてみたい。


ずっと分からなかったこの気持ちがやっと分かった。

この気持ちは────恋だ。


やっと分かったこの気持ちを無駄にはしたくない。


じゃあ、やることは決まっている。


ここが正念場だ。




──絶対に、生きて帰る。

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